メンタルヘルスに対する運動の効果

本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、メンタルヘルスに対する運動の効果についてまとめたものである

基礎情報

疫学

  • メンタルヘルスの代表的な問題として、気分障害が挙げられる
  • うつ状態が続くものを「うつ病」と呼び、躁状態とうつ状態を繰り返すものを「双極性障害」と呼ぶ
  • 双極性障害には1型と2型がある. 1型が躁状態がはっきりとしているもの、2型は躁状態が1型ほどはっきりしていないもの

うつ病の疫学¹⁾
プライマリケアでは患者10人のうち1人はうつ症状を持っている
・年間発生率は4.1%
・生涯でうつ病となるリスクは15%
・うつ病と診断される平均年齢は27歳。そのうち40%は20歳までに症状を発症している
・54%の人が6ヶ月以内、70%が1年以内に改善する
・12−15%の人が回復できず、慢性症状へと発展する

双極性障害1型の疫学¹⁾
生涯有病率は0.6%. 男女同じ
・20歳代で診断されることが多い。発症は10代後半が多い
・躁症状とうつ症状の割合は1:3
・半分近くの患者が2年以内に再発する
・高い自殺率 (一般人の30-60倍ほど高い). とりわけうつの時や躁うつサイクルが早い時
・典型的な躁うつ患者は他の精神薬よりもリチウムがよく効く(自殺予防効果もあり)

双極性障害2型の疫学¹⁾
・生涯有病率は0.4%. 女性に多い
・発症年齢の中央値は29
・自殺リスクは1型と同様に高い

 

主な症状

以下の症状がほぼ毎日、少なくとも2週間継続すると報告されている¹⁾

  • 鬱々とした気分になる、または無快楽症
  • 精神運動の興奮または遅延
  • 急激な体重、食欲の増加または減少
  • 自殺念慮
  • 不眠症または過剰睡眠
  • 低エネルギーまたは疲労感
  • 集中力の欠落
  • 無価値観
  • 過度の罪悪感

リスク要因

✔️以下のリスク要因が報告されている⁴⁾

  • 遺伝的な脆弱性
  • 薬物療法の副作用
  • ライフスタイルの乱れ:不健康な食生活、薬物乱用、睡眠不足、身体活動量の低下、座っている時間の増加

評価方法

✔️ガイドラインでは以下の質問票が推奨されている¹⁾

  • Hamilton Rating Scale for Depression
  • Kessler Psychological Distress Scale
  • Depression Anxiety Stress Scales

 

介入プラン

精神科ガイドラインで推奨されている治療方法

✔️オーストラリアのガイドラインで推奨されている方法を以下に一部紹介する¹⁾

精神療法や薬物療法を始める前に

  • 睡眠衛生の不良、タバコ、違法薬物の使用といった精神症状のリスクとなるものを避ける
  • 定期的な運動、バランスの良い食事、良質な睡眠衛生を推奨する

精神療法や薬物療法の実際

  • 軽度〜中等度のうつ病患者は、最初の治療として、少なくとも一つエビデンスベースの精神療法を受けるべきである (Level 1)
  • 中等度から重度のうつ病患者は、最初の治療として、薬物療法と精神療法をともに受けるべきである(Level 1)
  • 慢性的なうつ症状をもつ患者は、最初の治療として、薬物療法と精神療法をともに受けるべきである(Level 1)
  • うつ病に対する十分な試行を経た抗うつ剤療法は、適切な薬かつ推奨された量を少なくとも3週間処方されるべきである (Level 3)
  • 電気療法は、重度のうつ症状に対して安全かつ効果的な治療法であり、精神病性うつ症状や、即時的な効果が必要な際に、最初の治療として考慮されるべきである (Level 1)

運動によるメンタルヘルスに対する効果

ガイドラインで推奨されている運動内容


✔️身体活動は、軽度〜中等度のうつ病に対して、身体の健康向上のために用いられるべきである
(Grade A)²⁾

  • 専門家監修のもと、有酸素運動またはレジスタンストレーニングを含む中等度の45−60分の運動を週2-3回行う (中等度以上の有酸素運動を週150分以上)²⁾
  • 中等度の強度の運動を少なくとも週3回、9週間行う³⁾
  • 身体活動による効果を最適化するため、および運動の継続性を高めるためには、理学療法士や運動の専門家によって運動を監修された方が良い²⁾
  • メタアナリシスにて運動療法は、単独でも、軽度から中等度のうつ病に対して、薬物療法や心理療法と同じくらい効果的であった³⁾
  • 運動療法を取り入れることは短期的にはうつ病に効果的であった一方で、長期的な効果は不明³⁾

✔️ヨガは軽度〜中等度のうつ病に対して、併用して行われる治療法として推奨される (Level 2)³⁾

  • ヨガはうつ病に対して中等度の効果を期待できるが、有酸素運動に比べると効果はやや劣る³⁾

運動によるうつ病に対する改善効果


✔️ガイドラインで示されているうつ病に対する効果は以下の通りである²⁾

  • うつ症状に対して (Level 1-)
  • QOL向上に対して (Level 1-)
  • 認知機能向上に対して (Level 1-)
  • 不安症状に対して (Level 2+)
  • 身体の健康に対して (Level 2+)
  • 気分症状に対して (Level 2+)
  • 体重に対して (Level 2+)

✔️レビューでは以下の報告がまとめられている⁴⁾⁶⁾

  • あるメタアナリシスによると運動はうつ症状の軽減に効果大であった (SMD 1.13, 95%CI 0.46-181)⁴⁾
  • 別のメタアナリシスでは有酸素運動および有酸素運動+ストレングストレーニングは、ストレングストレーニングのみよりもうつ症状の軽減に効果的であった⁴⁾
  • うつ病患者において、運動は視覚学習や記憶力といった認知能力向上にも有効であった⁴⁾
  • 運動はうつ病患者の不安症状の軽減に中等度の効果があった⁴⁾
  • 双極性障害に対する運動効果は議論されている. ある報告ではうつ症状の緩和に有効と報告されている一方で、別の報告では躁状態を助長するリスクがあると懸念されている⁴⁾
  • うつ病患者は一般人口と比べ、2倍ほど身体活動ガイドラインに基準を満たしていない。運動療法はうつ病患者の心肺機能の向上に効果的であり、死亡リスクや心血管障害リスク減少にも効果的であった⁴
  • 定期的な有酸素運動は、うつ病に対する初期治療への反応速度や回復率を向上させた⁶⁾

運動によるうつ病に対する予防効果

✔️身体運動はうつ病の予防に効果的 (Level 1)³⁾

✔️レビューでは以下の効果がまとめられている⁴⁾⁵⁾⁶⁾

  • 49の前向き研究、260,000人のデータを用いたメタアナリシスによると、身体活動量が多い人はうつ病になるリスクが低かった (OR 0.83 95%CI 0.79-0.88)⁴⁾⁶⁾
  • ある研究では、遺伝的なリスクが高くても、身体活動によってうつ病のリスクを軽減できると示された (OR 0.74 95%CI 0.59-0.92)⁴⁾
  • 定期的な有酸素運動は、うつ病のリスクを軽減し、うつ病患者の入院する頻度を軽減した
  • 11の前向き研究、69,000人のデータを用いたメタアナリシスによると身体活動量が不安症の発生を下げることがわかった (OR 0.74 95%CI 0.62-0.88) ⁴⁾
  • 80,000人のデータを用いた別のメタアナリシスでも、身体活動が不安症の発生を下げると報告された (OR 0.66 95%CI 0.53-0.83)⁵⁾
  • 双極性うつ障害に対しては、高い身体活動がリスクを上げるという報告もあれば、予防に効果的という報告もあり、一定の見解は得られていない⁴⁾

うつに対する運動効果のメカニズム

✔️うつに対する運動療法の効果が出るメカニズムとしては、以下が報告されている³⁾

  • 生理学的な要因として、神経伝達物質、エンドルフィン、または神経栄養因子の代謝回転の増加やコルチゾルレベルの低下、キヌレニン代謝の変化など
  • 心理学的な要因として、自己肯定感の向上など

スポーツとメンタルヘルス

✔️上記の関係性についてまとめられたレビューの内容を以下に紹介する⁶⁾

  • 333名のアスリートを対象とした研究では、11.7% (女性13.8%、男性8.8%)がメンタルヘルスの問題を持っていた。50%の初発症状は17-21歳であり、19歳が最も多かった。症状の内訳として、うつ症状や摂食障害、トラウマ、ストレス性障害が多かった
  • 精神疲労はトレーニングされた選手の持久力を低下させた。具体的には、自転車タスクの疲労困憊までの時間を15%減少させ、ランニングタスクのタイムを2−5%増加させた
  • 幼少期のスポーツ参加は、青年期の精神的健康とポジティブな相関関係が見られた。 最低4年間のレクリエーションスポーツ参加または競技スポーツの参加が精神的健康を増加させた
  • 高校時代のスポーツ参加は大人になってからのメンタルヘルス(低いうつ症状、高いストレス耐性、高い精神的健康)と有意に関連がみられた
  • うつ症状と精神的健康は最大心肺機能と有意に関連が見られた
  • 中等度および低度の身体活動レベルの個人は、高い身体活動レベルの人と比べ、それぞれ23%, 47%メンタルヘルスの問題を持つリスクが高かった⁶⁾
  • 高い身体活動量(週4回以上)は心理的ストレスを減少させた (女性OR 0.63 95%CI 0.46-0.86, 男性OR 0.46 95%CI 0.27-0.79)⁶⁾
  • 脳震盪を起こしたことのある選手は、自傷行為(OR 1.59)やうつ症状 (OR 1.48)、自殺未遂 (OR 3.10)のリスクが高かった
  • NCAAディヴィジョン1の958名の選手らの報告によると、28.8%が不安症状、21.7%がうつ症状を経験したことがあった。また、うつ症状の既往はケガと関連がなかった一方で、不安症状を経験したことのある選手は怪我のリスクは2.3倍であった.

参考文献

  1. 【Guideline】Gin S Malhi er al., Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists clinical practice guidelines for mood disorders: major depression summary, Med J Aust 2018 Mar 5; 208 (4): 175-180
  2. 【Guideline】Brendon Stubbs et.al, EPA guidance on physical activity as a treatment for severe mental illness: a meta-review of the evidence and Position Statement from the European Psychiatric Association (EPA), supported by the International Organization of Physical Therapists in Mental Health (IOPTMH), Eur Psychiatry 2018 Oct, 54:124-144
  3. 【Guideline】Arun V Ravindran et al., Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT) 2016 Clinical Guidelines for the Management of Adults with Major Depressive Disorder: Section 5. Complementary and Alternative Medicine Treatments, Can J Psychiatry. 2016 Sep; 61 (9): 576-87
  4. ReviewFelipe Barrento Schuch et al., Physical activity, exercise, and mental disorders: it is time to move on, Trends Psychiatry Psychother. 2021 Jul Sep; 43(3): 177-184
  5. ReviewPatrick J Smith et al., The Role of Exercise in Management of Mental Health Disorders: An Integrative Review, Annu Rev Med. 2021 Jan 27;72:45-62.

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