本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- むちうちとは、主に追突や衝突による交通事故によって頸部に起こる様々な症状の総称
- 慢性化することが多い
✔補償対象となる疾患でもあり、社会性要因が影響を及ぼす典型的な疾患 ¹⁾
✔心理的障害に繋がる場合もあり、慢性化したむち打ちの内25%が心的外傷後ストレス障害、31%がうつ病、20%が不安障害を抱えていたと報告があり、心理的要因の影響が大きい疾患である ¹⁾ - 受傷機転
・衝突時に頚部が急激に伸展した状態から屈曲する。首が鞭のようにしなることから「むち打ち」と呼ばれる
Mutagi et al. 2014. 図1より引用⁶⁾
Grade分類
✔以下のように分類される¹⁾
- Grade 1:頚部痛や硬さを訴えるが、評価で異常がみられない
- Grade 2:頚部痛を訴え、圧痛や可動域の制限あり
- Grade 3:頚部痛を訴え、腱反射の低下や消失、筋力低下、感覚異常などの神経的兆候がみられる
- Grade 4:頚部痛を訴え、骨折や脱臼を伴う
臨床で代表的にみられる症状
・交通事故や頭部をぶつけるといった顕著な外傷
・50%-90%の患者で頭痛が生じる
・40%-70%の患者で肩と腕の痛みが生じる
・35%で背中の痛みが生じる
・20%で上肢に感覚異常を訴える
その他の起こりうる症状
・めまい
・視覚、聴覚の異常
・顎関節の痛み
・羞明
・疲労
・集中力、記憶力の低下
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献で報告されている有病率は以下である
- 発生率は10万人中677人 ³⁾
※むちうちの発生状況は各国によって大きく - 国内では、自動車乗車中の受傷者約38万人(死傷例除く)のうち、頚部受傷が80.2% ⁵⁾
- 重症度の割合はおおよそ軽症45%、中等度39%、重症16% ¹⁾²⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている
予後不良となる要因¹⁾
- 受傷時の疼痛VAS 5.5以上
- Neck Disability Indexで29%以上
- 心的外傷後ストレス障害の症状(侵入症状など)
- 患者自身が回復しないと思っている
- 破局的思考(痛みを否定的にとらえること)
- 寒冷覚過敏
予後不良につながるか不明な要因¹⁾
- 高齢
- 性別(女性であること)
- 頚部の可動域
予後不良につながらない要因¹⁾
- 事故の特徴
- 画像初見
- 運動機能障害
予後の予測
✔文献では以下の予後予測が示されている
- むちうちの回復は、重症度にかかわらず受傷後2-3か月の間に最も大きな変化がでる。それ以降は大きな変化が起きないことがほとんどである ¹⁾
- 約50%は1年間で回復する ¹⁾²⁾
- 回復の傾向は主に以下の3つに分けられる ²⁾
・初期症状が軽症から中等度で、1年以内に回復する(全体の45%)
・初期症状が中等度から重症で、1年以内に多少の回復はするが中等度の障害が残る(全体の39%)
・初期症状が重症で、1年以内に多少の回復はするが重度の障害が残る(全体の16%)
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・頚部の痛みや硬さがある
・両側性の感覚異常、感覚過敏、筋力低下を訴える
・事故直後に症状は表れないが数日経ってから症状が出るケースも多い - 発症のきっかけ
・交通事故や頭部をぶつけるといった顕著な外傷 - 悪化要因
・首の動作 - 緩解要因
・安静
・何をしても痛みが消えない場合が多い - その他
・精神的ダメージの程度も考慮する
・慢性例では、患者の痛みへの考え方や回復への期待、ゴール設定などを必ず聞くようにする - うつスクリーニング
- この1か月間で、落ち込んだり、鬱になったり、望みがなくなったという感情に悩まされることはよくありますか?
- この1か月間で、自身がしていることに対して関心が減ったり、喜びが減ったことに悩まされることはありますか?
視診・動作分析
- 疾患特異の視診や動作分析は特になし
- 良く見られる姿勢不全の例
・肩甲骨下制
・不十分な肩甲骨上方回旋
・頸椎回旋のつまり - 呼吸パターン:特に慢性例において、呼吸補助筋を主に使っている場合が多い
触診
※痛覚過敏の有無も併せて評価する
- 骨組織:頚椎関節(前後の副運動)
- 筋組織:上部僧帽筋、頚部筋、肩甲挙筋、深層頚部屈筋、深層頚部伸筋
- 軟部組織:項靭帯
主な評価項目
- 可動性評価
・頚椎ROM:屈曲・伸展、回旋、側屈
- 神経学テスト
・位置覚:頚椎固有受容器
・デルマトーム:C5-8
・マイオトーム:C5 (肘屈曲)、C6 (手背屈)、C7 (肘伸展)、C8 (手指屈曲)
・腱反射:C5-6 (上腕二頭筋)、C7 (上腕三頭筋)
鑑別診断
- 上位頸椎の靭帯評価
・翼状靭帯テスト
・シャープパーサーテスト - 椎骨動脈テスト
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
むち打ちへの介入の基本的な流れは症状緩和・機能回復→セルフケアである
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
症状緩和・機能回復
- 運動療法:
・介入初期から積極的に行う。急性期では等尺性収縮運動、深層頸部屈筋の筋活動向上訓練から始め徐々に等張性収縮運動、負荷を上げていく
・頚椎可動域改善:斜角筋ストレッチ
・筋力トレーニング:深層頸部屈筋訓練など
✔急性期の場合、運動療法は頚部固定装具よりも優れている。しかし、その効果量は小さいとされている。慢性の場合、運動療法には除痛効果が期待できるとされているが、長期間で効果が持続されるかは分からない。急性期、慢性期ともに、どのエクササイズが一番効果的かは不明である¹⁾²⁾ - 患者教育
・病態と予後の説明をする。特に予後の不良因子がある場合は慢性化のリスクと慢性化を予防するために介入プランに従う事の意義をしっかりと説明する
・急性期では無理な動きや痛みが悪化する動作は避ける
✔パンフレットやビデオなどを用いた患者教育は短期間での症状を改善する効果はあるかもしれないが、長期間で効果が持続するかは不明。患者教育がむち打ちの慢性化を減らすという報告もない¹⁾²⁾ - 徒手療法:
・一時的な疼痛緩和効果が期待できるため他の介入方法と併行して行っていく
・疼痛管理:上部僧帽筋、頚部筋、肩甲挙筋、斜角筋、深層頚部伸筋トリガーポイント
・頚椎可動域改善:片側頸椎PAモビライゼーションなど
✔徒手療法のみでも除痛効果は期待できると報告されているがエビデンスレベルは低い。運動療法や患者教育と並行して行うことが推奨されている¹⁾²⁾ - 心理療法:
✔介入に認知行動療法など心理療法を含めることは有益である。しかし、特に改善がみられない場合や、明らかに心因的要因がある場合は、専門家である心理療法士と協力して介入することも検討する¹⁾²⁾ - むち打ちが個人に与える影響は様々であり、個人の評価に基づいて総合的に介入プランを考えることが推奨される
セルフケア
- 症状が慢性化するケースも多いためセルフケアの方法を指導する(例:健康的な生活習慣をつける)
- 心理的影響も大きいためストレス解消方法や精神的なサポートも出来る限りで行う
臨床例
参考文献
- 【Review】Michele Sterling Physiotherapy Management of Whiplash-Associated Disorders (WAD). Journal of Physiotherapy.
- Neck Pain: Revision 2017. The Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy. 2017 Jul;47(7):A1-A83.
- 【Systematic Review】Kamper, S. J., Rebbeck, T. J., Maher, C. G., McAuley, J. H., & Sterling, M. (2008). Course and prognostic factors of whiplash: A systematic review and meta-analysis☆. Pain, 138(3), 617–629.
- 【Systematic Review】Walton, D. M., MacDermid, J. C., Giorgianni, A. A., Mascarenhas, J. C., West, S. C., & Zammit, C. A. (2013). Risk Factors for Persistent Problems Following Acute Whiplash Injury: Update of a Systematic Review and Meta-analysis. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 43(2), 31–43.
- 平成29年中の交通事故の発生状況
- 【Review】Hirachand Mutagi, Sandeep Kapur,Alifia Tameem. Whiplash Injury. Continuing Education in Anaesthesia, Critical Care and Pain. August 2014