本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
Gauer and Semidey. (2015)図1より引用¹⁾
病態
- 筋骨格系や神経筋機能の障害により、顎関節が痛んだり、動かしにくくなる疾患
✔大きく2つのタイプに分けられる¹⁾
・関節内:椎間板の退行変性、変形性関節症など
・関節外:筋筋膜の障害や咀嚼筋の炎症、スパズムなど
✔筋骨格系の障害が最も多い原因であり、少なくとも50%を占める¹⁾
✔関節円盤の障害が関節内では最も多い¹⁾
✔慢性的な顎関節症は、他の慢性疾患、偏頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症などとの関連も疑われる¹⁾
✔病因は現時点では諸説あり、完全な合意に至っていない。心理、社会性要因に加えて、近年では特定の遺伝子型による影響が大きいとも言われている¹⁾
臨床で代表的にみられる症状
・顎関節周辺の痛み
・側頭筋、咬筋の痛みや圧痛
・開口時や噛む時に、痛みやポキッという音が鳴る
・急に口が動かなくなる「ロッキング」がある
・口を大きく開けられない(4㎝以下)
・開口時や閉口時に、顎の位置にずれが生じる
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献では以下の有病率が示されている
- 初回の年間発生率は3-4%³⁾
- 成人の有病率は10-15%¹⁾
医療機関に治療を求めるのは5%のみ¹⁾ - 好発年齢は20代から40代¹⁾
年齢別の有病率:18-24歳 2.5%、25-34歳 3.7%:35-44歳 4.5%³⁾ - 女性の有病率は男性に比べて1.5-2.0倍¹⁾
- 顎関節症の約半数は、症状が出ない¹⁾³⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている
- 慢性頭痛¹⁾
- 線維筋痛症¹⁾
- 自己免疫疾患¹⁾
- 睡眠障害¹⁾
- 精神障害
うつ :リスク2.1倍(95%CI 1.5₋3)¹⁾
不安症:リスク1.8倍(95%CI 1.2-2.6) ¹⁾ - 喫煙(30歳以下の女性)¹⁾
慢性化するリスク³⁾
- 筋・筋膜性の顎関節症を持つ女性
- 高齢での発症
- 痛みの程度が強い、または痛みによる阻害が大きい
- 顎関節症以外の非特異性な症状が多い
- うつや不安など精神障害がる
予後の予測
- 正確な予後の予測は原因や重症度によって異なる
✔40%の患者は自然回復する¹⁾
✔保存療法でも50-90%は回復が期待できる¹⁾
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・顎関節の動きによって生じる顎関節周辺の痛み
→顎関節の動きで痛みが変わらない場合は鑑別診断へと進む
・頭痛や頚部痛、耳に痛みがでることもある
・開口時や噛む時に、痛みやポキッという音が鳴る¹⁾
・急に口が動かなくなる「ロッキング」がある
・口を大きく開けられない
・歯ぎしりがある(特に睡眠時)
・開口時や閉口時に、顎の位置にずれが生じる - 発症のきっかけ
・使いすぎや退行変性によって徐々に引きおこる
・頭や顔の外傷で生じる場合もある - 悪化要因
・硬いものを噛むことが難しく、痛みのために食事が難しい - 緩解要因
・安静要因
視診・動作分析
- 下顎の偏位が見られる
- 開口と閉口:対称性を確認する。顎がずれた側の顎関節がかたい
※開口時にクリック音や下顎の偏位が見られた場合、関節円板の前方偏位が疑われる¹⁾
※開口時に摩擦音がある場合、変形性関節症が疑われる¹⁾ - 噛み合わせ:不正咬合がみられる
Overbite:上の歯が下の歯を大きく超えて異常にはりだす不正咬合(出っ歯)、上の歯と下の歯の不適合の深さ
Overjet:下の歯に対しての上の歯の突出具合
触診
- 骨組織:顎関節(前方向、内方向)
- 筋組織:側頭筋、咬筋、翼突筋、胸鎖乳突筋、僧帽筋上部、肩甲挙筋
※上記の筋に圧痛が見られた場合、筋・筋膜性の障害であることが疑われる
主な評価項目
- 可動性評価
・開口:4㎝以下、開きすぎる場合もあるので注意
・胸椎ROM
・大胸筋、小胸筋の伸長テスト
- 筋力評価
・頭頚部屈曲テスト
・頚部深部屈筋群の持久力テスト
・肩甲骨の安定性:僧帽筋中部・下部のMMT
鑑別診断
- 頚椎スクリーニング:首の症状と関連があるときに確認する
- 片頭痛:片頭痛の診断基準を参照
- 神経障害:
・舌咽神経:耳付近(又は首や舌)に発作性の鋭い痛み、咳、嚥下、耳に触れると悪化する、MRIで検査される
・三叉神経:発作性の鋭い痛み、軽く触れた時の痛み、MRIで検査される - 歯科疾患:
・虫歯、口腔病変など - 唾液腺疾患
- 副鼻腔炎
・鼻への持続する鈍痛、鼻水の症状、X線やCTで検査される - 骨折:
・頭や顔に外傷があった場合
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
顎関節症への介入の基本的な流れは症状緩和・機能回復→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
症状緩和・機能回復
- 理学療法
✔弱いエビデンスではあるが症状の改善に効果があると期待されている¹⁾
✔筋力や可動域、神経筋機能の向上、筋肉のリラックス、不良姿勢改善を目的とする¹⁾
✔効果的な方法は明らかになっていないため、評価結果に基づいて介入プランを考える¹⁾ - 運動療法
・開口、閉口時に非対称性が見られる場合は矯正しながら口を開けて閉じる練習をする
・固有感覚向上のため外側、前進、内側、後退方向への運動を練習する - 徒手療法
・評価にて異常な筋スパズムや肥大が確認できる場合は徒手療法を試し症状に変化が出るかを確認しながら行う
・疼痛管理:側頭筋、咬筋、翼突筋、胸鎖乳突筋、僧帽筋上部、肩甲挙筋トリガーポイント
・顎関節可動域改善:顎関節モビライゼーション - 患者教育
・症状が悪化している時は硬いものを食べるなど痛みが悪化することは避ける
・歯ぎしりの癖がある場合は注意する。歯ぎしりは随意的ではなく、無意識にしている場合も多い。ストレスによって誘発されることもあるためストレスに繋がる要因を見つけ解消するために努力する
・姿勢を見直す
✔詳しく病態を説明することは患者の理解を深め、病気への恐怖感を和らげるために非常に役立つ。患者が病態を把握してないことは生活の質に多大な影響を及ぼし、症状の悪化にもつながる³⁾ - 鍼治療
・理学療法の領域ではないため鍼灸師と連携する
✔15−30分ほどの鍼治療は短期での除痛の効果を期待できる¹⁾³⁾ - 認知行動療法(Grade B)
・理学療法の領域ではないため臨床心理士と連携する
✔短期、または長期での効果が十分に期待できる、ストレス発散方法、歯ぎしり、歯を磨くときやあくび時に口を大きく開けすぎるなどの習慣を見直すことが推奨されている¹⁾ - 薬物療法(Grade C)
・理学療法の領域ではないため担当の医師と連携する
✔初期は、非ステロイド性の抗炎症剤(NSAID)が推奨される¹⁾
✔筋スパズムがある場合、筋弛緩剤が用いられる¹⁾ - その他
✔超音波治療、電気治療やレーザー治療などに十分なエビデンスはない¹⁾
✔咬合の矯正は顎関節症の治療や予防として用いられるべきではない(Grade B)¹⁾
再発予防
- 再発予防について詳しく調べた研究は見当たらないため、ストレスなど痛みに繋がる要因を見つけ、セルフケアの仕方を学ぶことが中心となる
参考文献
- Diagnosis and Treatment of Temporomandibular Disorders. American Family Physician. 2015 Mar 15;91(6):378-86.
- 【Guideline】Schiffman, E., Ohrbach, R., Truelove, E., Look, J., Anderson, G., Goulet, J.-P., … Dworkin, S. F. (2014). Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (DC/TMD) for Clinical and Research Applications: Recommendations of the International RDC/TMD Consortium Network* and Orofacial Pain Special Interest Group†. Journal of Oral & Facial Pain and Headache, 28(1), 6–27.
- 2015 Mar 12;350:h1154. Temporomandibular Disorders. BMJ.
- 【Systematic Review】Pantoja, L. L. Q., de Toledo, I. P., Pupo, Y. M., Porporatti, A. L., De Luca Canto, G., Zwir, L. F., & Guerra, E. N. S. (2018). Prevalence of degenerative joint disease of the temporomandibular joint: a systematic review. Clinical Oral Investigations.
- 【Review】LeResche L Epidemiology of temporomandibular disorders: implications for the investigation of etiologic factors. Crit Rev Oral Biol Med. 1997;8(3):291.
- 【Clinical Trial】Macfarlane TV, Blinkhorn AS, Davies RM, Kincey J, Worthington HV Oro-facial pain in the community: prevalence and associated impact. Community Dent Oral Epidemiol.2002 Feb;30(1):52-60.
- 【Clinical Trial】Von Korff M, Le Resche L, Dworkin SF First onset of common pain symptoms: a prospective study of depression as a risk factor.Pain. 1993 Nov;55(2):251-8.