肘部管症候群 Cubital Tunnel Syndrome

本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである

基礎情報

 

病態

  • 尺骨神経の絞扼障害。感覚神経や運動神経の異常が生じる
  • 尺骨神経支配域は、小指と環指小指側1/2の掌背側と前腕の尺側
  • 尺骨神経支配筋は、深指屈筋、尺側手根屈筋、母指内転筋、短母指屈筋、背側・拳側骨間筋、虫様筋、小指球筋

  • 圧迫されやすい部位
    ✔一番近位では上腕骨内側上顆より近位(6-10㎝)に存在する筋膜様トンネルで起こる。尺骨神経本管でarcuate靭帯の直下を走行する部位が最も圧迫されやすい¹⁾
    ✔遠位では尺側手根屈筋の深層筋膜でも圧迫される ¹⁾
    ✔尺骨神経本管は肘屈曲時に30-41%狭くなる ⁴⁾

  • 病態生理
    ✔外傷によって引き起こされることもあり、肘関節脱臼後1-10%、遠位上腕骨骨折後12%で起こる¹⁾
    ✔他の病因は変形、腫れ、尺骨神経本管の肥厚、瘢痕が含まれる ¹⁾

臨床で代表的にみられる症状
・長時間、肘屈曲を持続すると小指と薬指に感覚異常が生じる
・肘部管を叩くと放散痛が生じる
肘屈曲テストの陽性
・疾患がかなり進行している場合、第一背側骨間筋の筋萎縮やワルテンベルグ徴候がみられる(小指を自動で内転できない)

 

有病率

問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献で報告されている有病率は以下である

  • 上肢で2番目に多い末梢神経障害²⁾
    ※1番多いのは手根管症候群
  • 一般労働者の有病率:0.6-0.8% ³⁾
  • 年間発生率:10000人中20-25人 ²⁾
  • 男性の左手に生じやすい ²⁾
  • 18.6-38.8%は両側に症状を生じる ²⁾

リスク要因

問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献で報告されているリスク要因は以下である

  • 道具を同じ場所で保持する作業:オッズ比4.1(95%CI 1.4ー12.0) ⁶⁾
  • 肥満:オッズ比4.3(95%CI 1.2ー16.2) ⁶⁾

予後の予測

✔重労働を強いられる労働者の術後の予後は不良である ³⁾
✔軽症から中等度の症状の場合、約90%は保存療法で回復するという報告がある、そして10%が手術を受けた ¹⁾
✔アメリカにおける53,401の症例を調べた結果では58.7%が保存療法で回復し、41.3%が手術を受けた ⁹⁾

  • 回復までの期間はどれだけ神経への負担、圧迫を減らせるかによる
  • 神経組織の回復過程は、下記の表を参照

 

評価

基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する

問診

  • 現在の症状
    ・肘内側の痛み、神経症状
    ・尺骨神経の通り道にそって痛みが生じる
    ・手の力が弱まった感覚がある
    ・手をうまく動かせないことによるADL障害(爪切りなど)
  • 発症のきっかけ
    ・特にはっきりとした原因を覚えていない
  • 悪化要因
    ・電話や腕を枕にしている時に、肘内側の痛みや灼熱痛が生じる
    ・肘を曲げると症状が生じる
  • 緩解要因
    ・安静
  • 既往歴
    ・脱臼や骨折

視診・動作分析

現在の症状や機能レベルの把握に役立つ

  • 肘関節の過屈曲
  • 胸椎後弯および頸椎の伸展
  • 肩甲骨の下制と下方回旋
  • 第一挙側骨間筋の筋萎縮(疾患がかなり進行している場合にみられる)

触診

  • 圧痛テスト:尺骨神経の絞扼部位
    ①内側上顆の6-10cm近位、②肘部管、③尺側手根屈筋の深層筋膜、③ギヨン管
  • 骨組織:上腕骨内側上顆
  • 筋組織:尺側手根屈筋

主な評価項目

  • スペシャルテスト
    肘屈曲テスト:感度75%、特異度99%
    肘部管ティネル徴候:感度54-70%、特異度98-99%
    ・ワルテンベルグ徴候:小指を自動で内転できない(疾患がかなり進行している場合にみられる)
  • 可動域評価
    ・肘関節ROM:屈曲、伸展
     屈曲で神経症状が誘発されることを確認する
    ・大胸筋、小胸筋、広背筋の伸長テスト
    ・胸椎ROM:伸展
  • 神経力学テスト
    ULTT3:尺骨神経のストレステスト

鑑別診断

  • 頚椎スクリーニング:C6、C8/T1神経根の圧迫は肘と前腕の尺側に痛みを生じさせる
  • 肩関節スクリーニング
  • 肘内側上顆炎
  • 手根管症候群:手関節に症状を訴える場合に確認する
  • 胸郭出口症候群:上肢挙上時に症状が誘発される場合や、多様な症状が生じている場合に確認する
  • 尺骨神経管(ギヨン菅)症候群:確定のためには画像診断が必要

 

介入プラン

エビデンスに基づいた介入方法

ガイドラインおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する

肘部管症候群への介入の基本的な流れは疼痛緩和・機能向上→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく

✔現時点で肘部管症候群の最も最適な保存療法についてのエビデンスは不十分である。そのため、評価や患者の意向に基づいて介入を進めていく¹⁰⁾

疼痛緩和・機能向上

  • 装具療法
    ✔夜間に装着するスプリント(肘屈曲30-35°、前腕回内10-20°、手関節中間位で固定)を6ヵ月装着したところ有意な症状の改善がみられた。最適な装具の種類や装着の期間などは完全な合意に至っていないため個人の状態にあわせて行うことが推奨される²⁾⁴⁾
  • 患者教育
    ・痛みの悪化を防ぐために肘屈曲をできるかぎり避ける
    ・肘にもたれたり、テーブルの上に置くなど圧迫部位を刺激するポジションは避ける
    ・テーブルの上に肘を置く際は枕やクッションの上に置くなど圧迫部位の刺激を避ける
    ✔疾患の理解を深める説明、肘に寄り掛かるのを避けるなどの生活指導が推奨される²⁾⁴⁾
  • 神経モビライゼーション
    ・効果には個人差があるため、優先的には行われない。ただし、リスクも少ないため実際に神経モビライゼーションを行った時の患者の反応にあわせる
    ・尺骨神経モビライゼーション
    ✔神経モビライゼーション単独での介入が症状の改善につながった報告は現時点ではない²⁾⁴⁾
  • 徒手療法:
    ・現時点で詳しく調べた研究はないため補助療法の位置づけとなる。軽症の場合は徒手療法にて一時的な疼痛緩和を期待できる
    ・疼痛管理:尺側手根屈筋トリガーポイント、筋膜様トンネルリリース
  • 運動療法:
    ・評価に基づいて、大胸筋、上腕二頭筋、手関節屈筋群のストレッチを検討する

再発予防

  • 現時点で再発予防について詳しく調べた研究はないため評価に基づいて肘部管を圧迫しそうなリスクを予防する
  • 例:職場における工具の使い方や時間を制限できるかどうかなどを患者の意向と共に検討する、普段の生活で肘を屈曲位で保つような動作を制限する

手術療法の適応基準

✔断続的な感覚異常や痛みが発症してから2週間程であれば保存療法が最初に試されるべきである。3ヵ月以上の保存療法で何も変化がない場合、手術が治療選択肢に入る ²⁾
✔また、神経伝導速度検査において肘における運動神経速度が>40m/sの場合も保存療法が最初に試される¹¹⁾
✔現時点で手術に合意された明確な適応基準はない、患者の評価結果、既往歴、保存療法への反応、重症度によって決められる¹¹⁾

 

臨床例

参考文献

  1. 【Review】Jonathan Robert Saples, Ryan Calfee. Cubital Tunnel Syndrome: Current Concepts. J Am Acad Orthop Surg. 2017 Oct;25(10)
  2. 【Guideline】H Assmus et al., Cubital Tunnel Syndrome – A Review and Management Guidelines. Cent Eur Neurosurg. 2011 May;72(2):90-8.
  3. 【Systematic Review】M Fadel et al., Occupational Prognosis Factors for Ulnar Nerve Entrapment at the Elbow: A Systematic Review. Hand Surg Rehabill. 2017 Sep;36(4):244-249.
  4. 【Review】Sean BooneRichard H GelbermanRyan P Calfee The Management of Cubital Tunnel Syndrome. The Journal of Hand Surgery. 2015 Sep;40(9):1897-904; quiz 1904. 
  5. 【Clinical Trial】Bartels RH, Verbeek ALM. Risk factors for ulnar nerve compression at the elbow: a case control study. Acta Neurochir 2007;149:669–74
  6. 【Clinical Trial】Alexis D et al., Incidence of Ulnar Nerve Entrapment at the Elbow in Repetitive Work. Scand J Work Environ Health. 2004 Jun;30(3):234-40.
  7. 【Clinical Trial】Beekman, R., Schreuder, A. H. C. M. L., Rozeman, C. A. M., Koehler, P. J., & Uitdehaag, B. M. J. (2009). The diagnostic value of provocative clinical tests in ulnar neuropathy at the elbow is marginal. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 80(12), 1369–1374.
  8. 【Cliniacl Trial】Cheng, C. J., Mackinnon-Patterson, B., Beck, J. L., & Mackinnon, S. E. (2008). Scratch Collapse Test for Evaluation of Carpal and Cubital Tunnel Syndrome. The Journal of Hand Surgery, 33(9), 1518–1524.
  9. 【Cliniacl Trial】Daniel A OseiAndrew P GrovesKerry BommaritoWilson Z Ray. Cubital Tunnel Syndrome: Incidence and Demographics in a National Administrative Database. Neurosurgery.2017 Mar 1;80(3):417-420.
  10. 【Systematic Review】Sahil KoonerDavid CinatsCory KwongGraeme MatthewsonGurpreet Dhaliwal.Conservative treatment of cubital tunnel syndrome: A systematic review. Orthopaedic Reviews. 2019 Jun 12;11(2):7955.
  11. 【Review】Michael N NakashianDanielle IrelandPatrick M Kane.Cubital Tunnel Syndrome: Current Concepts. Current Reviews in Musculoskeletal Medicine. 2020 Aug;13(4):520-524.

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