本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 胸郭出口にて、腕神経叢や鎖骨下動脈・静脈が圧迫され、上肢に痛みや痺れといった症状が生じる疾患の総称
✔圧迫される組織によって、神経性、静脈性、動脈性の3つに分類される ¹⁾
✔圧迫されやすい部位 ¹⁾²⁾
①斜角筋の間
②鎖骨と第一肋骨の間
③烏口突起下部
✔最大70%のケースは軟部組織による圧迫 ²⁾
例:斜角筋の筋肥大、軟部腫瘍、変則的な靭帯など
✔30%のケースは骨組織による圧迫 ²⁾
例:隆起したC7横突起、骨腫瘍、鎖骨や肋骨骨折後の変形癒合
臨床で代表的にみられる症状
・上肢の感覚異常、頚部痛、頭痛、僧帽筋の痛みなど様々な症状がある
・上肢神経が引き延ばされる姿勢や動作を繰り返すと症状が悪化する
・肩より上に手を長時間挙げたりすると症状が悪化する
・シリアックリリーステストの陽性
※頚髄症や手根管症候群による神経障害と合併することもあるため、鑑別診断が重要となる
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献では以下の有病率が報告されている
- 発生率は、1000人中3-80人 ¹⁾
- 好発年齢は20-50歳 ¹⁾
- 女性に多い ¹⁾
- 神経性の胸郭出口症候群は全体の90-95% ¹⁾
- 血管性は5₋10%(動脈性は1-2%、静脈性は3-5%)¹⁾
・動脈性は、片側のみ、成人に多く、男女比率は等しい ¹⁾
・静脈性は、利き手側、活動的な成人男性に多い ¹⁾
リスク要因
- 症状が多岐であることから、現時点での詳しいリスク要因は不明である
予後の予測
- 予後の予測は重症度や状況によって異なる
✔ある研究では42人中25人が6ヵ月の理学療法で症状が改善された ²⁾ - 神経組織の回復過程は、下記の表を参照
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
✔神経性の胸郭出口症候群は様々な症状が伴う ¹⁾
・上肢の感覚異常(98%)
・頚部の痛み(88%)
・僧帽筋の痛み(92%)
・肩または腕の痛み(88%)
・鎖骨上部の痛み(76%)
・胸部の痛み(72%)
・頭痛(76%)
・手指の感覚異常(58%) - 発症のきっかけ
・症状は明らかなきっかけはなく徐々に生じることが多い
・普段から重いものを持ち運ぶことが多い - 悪化要因
・痛みが悪化する動作がはっきりとしている
・肩関節の屈曲、外転
・肩より上に上肢を挙げたときに重さを訴える - 緩解要因
・安静
視診・動作分析
現在の症状や機能レベルの把握に役立つ
- 姿勢:特に頭頸部のアライメント
・フォワードヘッド
・肩甲骨下制および後傾不十分
・胸椎後弯および回旋不十分 - 呼吸パターン:胸式優位な呼吸
- 健側の上肢と比べて、筋萎縮、肌の色を確認する
触診
- 骨組織:鎖骨、第一肋骨の可動性
- 筋組織:小胸筋、僧帽筋、斜角筋、大胸筋、肩甲挙筋
主な評価項目
- スペシャルテスト
・シリアックリリーステスト:感度不明、特異度87.8%
・ライトテスト:感度・特異度ともに不明
※アドソンテストとルーステスト共に陽性であれば特異度は82%だが、どちらも偽陽性率が高いためあまり推奨されない ³⁾⁴⁾
※血管性の場合、左右の上肢で血圧の左右差が20mmHgあり ¹⁾
- 可動性評価
・頚椎ROM:屈曲・伸展、回旋、側屈
・胸椎ROM:屈曲・伸展、回旋、側屈
・小胸筋の伸長テスト
・大胸筋の伸長テスト
- 筋力評価
・頭頚部屈曲テスト
・頚部深部屈筋群の持久力テスト
- 神経学テスト
・デルマトーム:C5-T1
・マイオトーム:C5 (肘屈曲)、C6 (手背屈)、C7 (肘伸展)、C8 (手指屈曲)、T1 (小指外転)
・腱反射:C5-6 (上腕二頭筋)、C7 (上腕三頭筋)
鑑別診断
- 頚部スクリーニング:手を長時間上げても症状が変わらない時に確認する
- 肩関節スクリーニング
- 肘関節スクリーニング
- 手関節・手指スクリーニング:手根管症候群の関連痛は肩まで生じることがある
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
ガイドラインおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
胸郭出口症候群への介入の基本的な流れは疼痛緩和・機能向上→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
現時点で確率された介入方法がないため、基本的には評価に基づいて介入プランを作成する
疼痛緩和・機能向上
- 理論上では神経、血管の圧迫を取り除けば回復されるため。介入の主な目的は圧迫の緩和である
- 運動療法
・評価において肩甲骨の位置に異常や動作障害が見られる場合は肩甲骨の動作障害を修正するエクササイズを行う
・介入初期では肩甲骨の固有感覚を養うためにまずは肩甲骨の基本的な動きを体に覚えさせることからスタートする。外転、内転、挙上、下制、上方回旋、下方回旋など全ての方向を随意的に達成できることを目指す
・肩甲骨の基本的な動作が可能であれば肩甲骨の安定性に関与する前鋸筋、僧帽筋下部を中心にまずは筋活動を向上するエクササイズを行う(肩甲骨プッシュアップなど)
・肩甲骨の基本的な動作を覚えた後は外転初期(<30°)において肩甲骨の偏位が見られないように指導し動作を覚える。動作を覚えていくうちに徐々に外転角度を大きくしていく
・回旋腱板の筋活動を向上するエクササイズも行っていく。例:エクササイズバンドを使った肩関節外旋
✔患側において肩甲骨の下方偏位や前傾偏位が良くみられる。これらの偏位は胸郭の出口を狭めると考えられる⁷⁾
✔肩甲骨の動作や偏位を矯正するエクササイズプログラムが推奨される⁷⁾
✔斜角筋、大胸筋、小胸筋ストレッチ、神経スライダーは症状の改善が期待できる⁷⁾
✔肩関節の過度な外旋は胸郭出口に過度なストレスを与える可能性があるため注意する⁷⁾ - 徒手療法
・現時点で詳しく調べた研究は見当たらないが一時的な疼痛緩和、肩甲骨の動作向上が期待できるため患者の状態により検討する
・疼痛管理:小胸筋、僧帽筋、斜角筋、大胸筋、肩甲挙筋トリガーポイント
・胸椎可動性向上:胸椎PAモビライゼーション
・肩甲骨可動性向上:肩甲骨モビライゼーション - テーピング
・テーピングで肩甲骨の位置を矯正した場合に症状に変化がみられる場合は積極的に使用を検討する
✔短期間でのテーピングの使用は症状が緩和される場合に推奨される⁷⁾ - 患者教育
・姿勢についての患者教育については様々な見解があり、”正しい”姿勢についても定義が難しいところがある。そのため姿勢の矯正によって症状の変化を訴える場合に優先的に姿勢についての教育を行う
・シリアックスリリースを日頃から枕などを使って自分で行う
・筋の過緊張を緩和するためのセルフケア(ストレッチや呼吸法)を伝える
✔理学療法はリラクゼーションテクニックや姿勢についての患者教育、生活指導、ストレッチや個別の筋力トレーニングを含むことが奨められる ¹⁾ - 手術への適応
✔保存療法6ヵ月後に回復しなかった場合や、静脈性・動脈性によるものは手術適応となることが多い ²⁾
再発予防
- 胸郭出口症候群は多因子疾患であるため、評価に基づいて再発に繋がる可能性がある因子を予防する
- 例:肩甲骨の偏位や動作障害
臨床例
参考文献
- 2019 Jun;8(1):5-18. Thoracic Outlet Syndrome: A Comprehensive Review of Pathophysiology, Diagnosis, and Treatment. Pain and Therapy.
- Thoracic Outlet Syndrome. Journal of the American Academy of Orthopaedic Surgeons. 2015 Apr;23(4):222-32.
- False positive rate of thoracic outlet syndrome diagnostic maneuvers. Electromyography and Clnical Neurophysiology. 2008 Mar;48(2):67-74.
- 2017 Sep;26(5):459-465. The Diagnostic Accuracy of Clinical Diagnostic Tests for Thoracic Outlet Syndrome. Journal of Sports Rehabilitation.
- 【Review】Becker F et al. Thoracic outlet syndrome is over diagnosed. Arch Neurol. 1990;47:328-30
- 【Review】Fechter JD et al. The thoracic outlet syndrome, Orthopedics 1993;16:1243-51