本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 上腕二頭筋長頭の付着部である関節窩上方の関節唇損傷(SLAP損傷)
SLAP(スラップ)とは、Superior Labrum Anterior and Posterior lesionの略称
✔非外傷性の肩関節の関節唇の病変のうち、80-90%を占めるとされているが、内視鏡で検査したところ6%しか損傷は確認できなかったため、疾患の捉え方には様々な意見がある ⁵⁾ - 他の疾患(肩関節脱臼など)と合併していることが多い
✔主な受傷機転⁴⁾
①上腕骨頭への圧迫ストレス
②上腕二頭筋による牽引ストレス
③2nd外旋肢位におけるくり返す微小ストレスによって生じる
臨床で代表的にみられる症状
・急に、または徐々に肩機能が低下し、痛みが生じる
・オーバヘッドや重いものを挙上する動作で痛みが悪化する
・投球動作のコッキングフェイズで、断続的な関節れき音が、肩前側痛みと共に生じる
・スペシャルテストの陽性
※補足:どの誘発テストも信頼性は一定の見解が得られておらず、疾患特異的な症状もないため、ヒストリー、評価、MRIの画像診断によって総合的に判断することが薦められている
分類
✔以下、Type 1-8に分類される¹⁾
- Type 1:関節唇の退行変性で、関節唇の縁にほつれがみられるが、関節窩の異常なし
- Type 2:関節唇と上腕二頭筋長頭腱が関節から剥離し、炎症を生じている
- Type 3:バケツ上損傷で上腕二頭筋腱長頭腱の剥離はない(最も珍しい)
- Type 4:Type 3+上腕二頭筋腱長頭の付着部損傷。肩関節不安定性を持つ場合、関節唇前方も損傷していることが多い。
- Type 5:Type 2+肩関節前方不安定性あり
- Type 6:上端二頭筋付着部の剥離なし+関節唇上方の広範囲フラップ損傷
- Type 7:Type 2+中部・下部の肩甲上腕靭帯の損傷あり。肩関節不安定性も伴う。
- Type 8:Type 2+上腕二頭筋付着部近くの関節軟骨損傷
✔国際的にはSnyderによるType1-4の分類が使われている¹⁾
✔A=Type 1, B=Type 2, C=Type 3, D=Type 4のイメージ
Pop D, Shoffl V. 2015. 図1より引用¹⁾
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献では以下の有病率が示されている
- SLAPの好発年齢:20-29歳と40-49歳 ¹⁾
- 野球などオーバーヘッドスポーツをする選手に多い ¹⁾
- 無症状の中年世代で最大72%にMRIでSLAP損傷がみられた³⁾⁶⁾
- プロのハンドボールプレーヤーにおいて、MRIにて93%に肩関節の異常がみられたが、症状を持つものは37%のみであった ³⁾⁷⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている
- 関節唇の病変(Buford complex)⁵⁾
- 肩甲骨の位置異常とウィンギング ⁵⁾
- 肩甲骨の運動機能不全 ⁵⁾
- オーバーヘッドスポーツ ⁵⁾
予後の予測
SLAP損傷は退行変性を進行させる要因でないため、保存療法による治療がまず優先されることが多い
✔文献では以下の予後予測が示されている
- 関節唇の組織以外に関節内病変が起こってない時やスポーツ競技者でない場合は保存療法で治療されることが多く、SLAP損傷単独の場合保存療法を受けた患者の内最大85%は十分に回復すると報告されている¹⁾³⁾
- 投動作を伴うスポーツ選手の66%が保存療法で怪我前と同等、またはそれ以上のパフォーマンスレベルに回復したという報告あり¹⁾
- 手術の予後は再建術後に受傷前のレベルでスポーツ復帰を果たした確率は73₋95%と幾つかの文献で報告されているが、オーバーヘッドアスリートの場合ではスポーツ復帰率が低下したり、文献によっては復帰率は半数に下がったりと一貫した結果は得られていない¹⁾。研究で術後に使われる指標が臨床でのパフォーマンスを正確に計測していないという専門家の意見もある³⁾
・そのためSLAP損傷の正確な回復率は不明であり、手術への適応はエビデンスに基づいた判断が難しいという問題がある
・ジャークテストが陽性であれば、保存療法の予後は悪い
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・肩前側の痛み
・断続的な関節れき音がコッキングフェイズで肩の前側の痛みと一緒に生じる
・患側を下に寝ることが出来ない - 発症のきっかけ
・急に、または徐々に肩機能が低下し、痛みが生じる - 悪化要因
・ピッチングなど投球動作時に痛みが生じる
・オーバヘッドや重いものを挙上する動作で痛みが悪化する
・コッキングフェイズ後期での後方の痛み(SLAP損傷や棘上筋、棘下筋の肥大、インターナルインピンジメントに関与)
・コッキングフェイズ肩関節上後方またが前方に痛みが出る
・リリースフェイズで肩関節後方に痛みが出る(回旋筋腱の機能不全に関与)
・フィニッシュフェイズで肩関節前方に痛みが出る(上腕二頭筋や烏口突起インピンジメントに関与) - 緩解要因
・安静
視診・動作分析
現在の症状や機能レベルの把握に役立つ
- 肩甲骨のエラー
・不十分な上方回旋と挙上
・不十分な後傾
・ウィンギング、または挙上時の肩甲骨内旋
- 上腕骨のエラー
・上腕骨頭の前方偏移
・挙上時の過剰な上腕骨頭の内旋、または不十分な外旋。
- 胸椎のエラー
・胸椎後弯、または伸展不足
触診
- 骨組織:上腕骨頭、肩甲骨
- 筋組織:上腕二頭筋、棘上筋、棘下筋
- 軟部組織:関節包
主な評価項目
- スペシャルテスト:SLAP損傷
・上腕二頭筋抵抗テストⅠ:感度91%、特異度97%
・上腕二頭筋抵抗テストⅡ:感度90%、特異度97%
・スピードテスト:感度20%、特異度78%
・パッシブコンプレッションテスト:感度82%、特異度88%
・オブライエンテスト ;感度67%、特異度37%
→上記5つのうち、3つ以上陽生である場合、感度99%、特異度99%と報告されているが解釈には注意が必要なため、各テストページを参考⁸⁾
※クランクテスト:肩関節唇損傷:感度57%、特異度73%
※ジャークテスト:後方の肩関節唇損傷(感度90%、感度84%)
- 可動性評価
・肩関節ROM:挙上・伸展、外転・内転、水平外転・内転、1st 外旋・内旋、2nd 外旋・内旋、3rd 外旋・内旋
※挙上制限みられない
※水平外転は痛みに注意
・投球側内旋可動域制限(Glenohumeral Internal Rotation Deficit)の有無
※投球側の内旋可動域が20°以上反対側にくらべて制限がみられる
・肩甲骨の可動性
- 筋力評価
・回旋筋腱板:棘上筋(外転)、棘下筋(1st外旋)、小円筋(3rd外旋)、肩甲下筋(内旋)
・肩甲骨MMT:前鋸筋、僧帽筋中部・下部、菱形筋
・上腕二頭筋MMT
鑑別診断
- 頚椎スクリーニング
- 胸椎スクリーニング
- 肩関節疾患
- 肩関節脱臼:脱臼の既往を確認する
- 肩峰下インピンジメント
- 凍結肩(肩関節拘縮):可動域が異常に低下している場合に疑う
- 肩鎖関節スクリーニング:肩鎖関節シアテスト
- MRIによる画像診断は他の疾患をルールアウトするためにも有用
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
ガイドラインおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
SLAP損傷への介入の基本的な流れは疼痛緩和・機能向上→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
疼痛緩和・機能向上
- 現時点で明確な介入指標がないため、個人の評価に基づいて介入プランを考える
✔保存療法でのリハビリの主な目的は可動域の正常化、肩の安定性の向上が中心となる ¹⁾³⁾
✔以下は保存療法で予後良好につながる予測因子とされている³⁾
・後方関節包のストレッチで痛みが誘発される
・肩甲骨の動作障害が確認でき、巻き肩である - 運動療法
・まずはストレッチで可動域の正常化を目指す。そして肩甲骨や肩関節の安定性に関与する筋肉の筋活動を向上させることからスタートする
・肩関節の固有感覚を向上させるトレーニングも検討する
・肩甲骨安定性向上:前鋸筋トレーニング(肩甲骨プッシュアップなど)
・肩関節安定性向上:回旋筋腱板トレーニング(エクササイズバンドを使った肩関節外旋運動など)
✔可動域の正常化のためにはスリーパーストレッチ(側臥位にて肩と肘を90度屈曲させ、もう片方の手を使い肩関節を内旋させる)を行う。このストレッチは肩後方の関節包や上腕靭帯の下部の柔軟性を向上させると考えられている¹⁾³⁾
✔スリーパーストレッチは長期間で行う必要があり、3年以上続けた群では肩関節外旋、内旋の合計可動域が反対側の上肢に比べ増加したが3年未満のグループでの合計可動域は両側ともほぼ同じであったと報告されている³⁾
✔スリーパーストレッチによって改善する割合はアスリートで66.7₋90%である³⁾
✔結帯動作を伴うストレッチは、投球モーションを伴うスポーツ競技者には、肩甲骨の過度な外転位(巻き肩)を助長するとされ推奨されない。巻き肩は関節包の前上方部位へかかるメカニカルストレスを増加する³⁾
✔肩の安定性を向上させるためには、肩甲骨周辺の筋力トレーニング、回旋腱板の筋力トレーニングが奨められている。CKC運動から始め、OKC運動へと移行する³⁾ - 徒手療法
・明確なエビデンスがないため、運動療法を優先的に行うが、介入補助の目的として検討する
・一時的な疼痛緩和が期待できる
・疼痛管理:上腕二頭筋、棘上筋、棘下筋トリガーポイント
・肩甲骨可動性向上:肩甲骨モビライゼーション
再発予防
- 現時点で再発予防について詳しく調べた研究が見当たらないため評価にて怪我に繋がる因子を発見し予防することが大切である
- そのため問診では発症のきっかけ、トレーニングメニューに変化があったか、身体の疲労度なども考慮する
- 例:肩甲骨の動作障害や内旋可動域は運動療法にて改善できる
✔投球側内旋可動域制限(Glenohumeral Internal Rotation Deficit)が確認できる投手は3年以内の怪我の確立が2倍になる³⁾
手術の適応基準
✔文献では以下の手術適応基準が示されている
- 手術は保存療法で回復しなかった時、患者の年齢、症状の重症度、競技レベル、スポーツの種目などを考慮し総合的に判断される¹⁾
- 関節内病変が起こっていないType 1は保存療法が選択される¹⁾
- 手術の適応基準に一貫性がないことがシステマティックレビューで報告されている(Level 4)⁹⁾
以下は再建術の適応例である⁹⁾
・上腕二頭筋損傷
・関節唇の過度な可動性 - Type 1では関節鏡視下デブリードマンが推奨される¹⁾
- Type2では一般的に再建術が行われる¹⁾
参考文献
- 【Review】P Clavert. Glenoid Labrum Pathology. Orthop Traumatol Surg Res 2015 Feb;101(1 Suppl):S19-24.
- 【Review】Cristin Johnn Mathew et al., Superior Labral Anterior to Posterior Tear Management in Athletes. Open Orthop J. 2018 Jul 31;12:303-313.
- 2015 Feb;101(1 Suppl):S19-24. P Clavert Glenoid labrum pathology. Orthopaedics & Traumatology, Surgery & Research.
- High Prevalence of Superior Labral Tears Diagnosed by MRI in Middle-Aged Patients With Asymptomatic Shoulders. Orthopaedic Journal of Sports Medicine. 2016 Jan 5;4(1):2325967115623212.
- MRI findings in throwing shoulders: abnormalities in professional handball players. Clinical Orthopaedics and Related Research. 2005 May;(434):130-7.
- USE of CLINICAL TEST CLUSTERS VERSUS ADVANCED IMAGING STUDIES in the MANAGEMENT of PATIENTS with a SUSPECTED SLAP TEAR. International Journal of Sports Physical Therapy. 2019 Jun;14(3):345-352.
- 【Systematic Review】