肩関節脱臼/不安定症 Dislocation/Instability

本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである

基礎情報

 

a: Radiograph of shoulder showing anterior shoulder dislocation. 
S Meena et al. (2012). 図1aより引用⁶⁾

病態

  • 何からの原因で上腕骨頭が関節窩から分離した障害
  • 前方転位が多い
    ✔上肢が外転・外旋位を強制されることで生じる¹⁾
    ✔後方や多方向に転位することもある¹⁾
  • 再発率は高く、脱臼回数が増加すると寝返りのような微小な力でも再発する(反復性肩関節脱臼)
  • バンカート病変
    ✔前方脱臼を繰り返し、前方の関節唇を損傷した状態⁴⁾
    ✔関節窩の骨折を伴う場合、骨性バンカート損傷と呼ぶ⁴⁾
  • 受傷機転
    ✔コンタクトスポーツ時の接触、スキーなどでの転倒によって多く発生する¹⁾⁴⁾
    ✔交通事故で生じることもある¹⁾
    ✔初回脱臼のうち、95%の原因は衝突、伸ばした手に転ぶ、また、急な肩関節を捻じる動作を伴う⁴⁾
    ✔残りの5%は非接触型で手を挙げる、寝ているときに動いた衝動が原因になる⁴⁾

臨床で代表的にみられる症状
・肩の動作時、または動作後の肩の痛みを訴える
・肩関節を挙上、外転、外旋すると脱臼しそうな不安定感を訴える
リロケーションテストの陽性
・肩関節、肩甲骨および胸部の運動制御の低下がみられる

 

有病率

問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献では以下の有病率が示されている

  • 肩関節の脱臼は20代と60代に最も多い¹⁾
  • 98%のケースで前方に、2%のケースで後方にずれる⁴⁾
  • 肩関節脱臼をした人達の70%は2年以内に、再脱臼する可能性が高い⁴⁾
  • 肩関節脱臼の再発は思春期、年齢が若ければ若いほど高くなる。
    各年代での再発率は文献によって違いがある
    再発率は以下の通り
    ・20歳以下で66-100%⁴⁾
    ・20歳から40歳で13-63%⁴⁾
    ・40歳以上で0-16%⁴⁾
    ・30歳未満で47₋89%²⁾
    ・30₋39歳で17₋35%²⁾
    ・40歳以上で10₋22%²⁾

リスク要因

  • 現時点での詳しいリスク要因は不明である

予後の予測

  • 予後は重症度や年齢によって変わる。若年者やアスリートでは再発する可能性が高いので、肩周辺の筋力向上などの運動プログラムを長期で行うことが必要である

評価

基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する

問診

  • 現在の症状
    ・肩の動作時、または動作後の肩の痛みを訴える
    ・患側の腕を健側の腕で支えている
    ・神経系の症状の有無を確認する
  • 発症のきっかけ
    ・スポーツ時の接触
    ・転倒
  • 悪化要因
    ・肩の動作
    ・亜脱臼の再発があった。もしくは、ある動きやポジションで脱臼する
  • 緩解要因
    ・安静

視診・動作分析

現在の症状や機能レベルの把握に役立つ

  • 肩甲骨のエラー
    ・不十分な上方回旋と挙上
    ・不十分な後傾
    ・ウィンギング。または、挙上時の肩甲骨内旋
  • 上腕骨のエラー
    ・上腕骨頭の前方偏移
    ・挙上時の過剰な上腕骨頭の内旋、または不十分な外旋。
  • 胸椎のエラー
    ・胸椎後弯、または伸展不足

触診

  • 骨組織:上腕骨頭の前方偏移
  • 筋組織:上腕二頭筋、肩甲挙筋、大胸筋、広背筋、回旋筋腱板 
  • 軟部組織:関節包
  • 神経組織:腋窩神経

主な評価項目

  • 可動性評価
    ・肩関節ROM:挙上、水平外転、2nd外旋
     ※自動可動域時の不安定性がみられる。急性の場合、自動、または他動で内転ができない。
    ・肩甲骨の可動性
    ・胸椎ROM:屈曲、伸展
  • 筋力評価
    ・回旋筋腱板:棘上筋(外転)、棘下筋(1st外旋)、小円筋(3rd外旋)、肩甲下筋(内旋)
    ・肩甲骨の固定制:僧帽筋中部・下部MMT
    ・体幹の協調性:ーマンコアスタビリティテスト
  • 神経学テスト
    ・デルマトーム:腋窩神経の支配部位(特に上腕近位の前面と後面)
    ・マイオトーム:三角筋
  • 神経力学テスト
    ・正中神経テスト:ULTT1ULTT2a

鑑別診断

 

介入プラン

 

エビデンスに基づいた介入方法

エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する

肩関節脱臼への介入の基本的な流れは急性期→亜急性期→回復期→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく

急性期

  • 基本的に急性期では患部の整復、固定をまず優先し他動ROMエクササイズへと進行する
    ✔整復を行った後はAP単純X線を撮り整復が完了している事、そして骨折などがないかを確認する。37.5%で骨折は整復が完了した後にX線で確認できるため、受傷直後は整復を完了させることが最優先となる¹⁾
  • 固定・装具療法
    ・固定肢位は年齢による影響も考慮し、固定肢位に関わらず固定装具を装着することに遵守してもらう必要がある
    ・患者には固定する意義(再発予防)をしっかりと説明する
    ✔整復を行ったあとは通常3-6週間で固定されるが年齢によって期間は変化する。特に高齢患者では拘縮を避けるため短期間での固定が好まれる(数日ー1-2週間)、40歳未満の場合は4-6週間となる¹⁾
    ✔特に年齢が若い群では固定が必ずしも再発を予防するというエビデンスは報告されていない²⁾
    ✔最も最適な固定肢位については相反したシステマティックレビューがいくつも存在する。2019年に発表されたコクランレビューでは現時点では内旋位、外旋位どちらが優れているかについて結論はだせないとされている⁷⁾。それ以降に発表されたランダム化比較試験を対象にした2つのシステマティックレビューでは外旋位(10°)が再発率の低下、合併症の予防に優位とされている。特に年齢が40歳未満の場合の再発率は内旋位固定に比べてリスク比が0.57(95% CI0.35₋0.93)と報告されている。しかし40歳以上になると有意な差はみられなかった
    (Level 1&2)⁸⁾⁹⁾
    ✔外旋位が好まれる理由としては死体解剖、およびMRI検査にて関節唇靭帯複合体の剥離部位(バンカート病変部位)が最も適合しやすいポジションであるためとされている¹⁾⁹⁾
  • 運動療法
    ・他動ROM運動からはじめ徐々に自動介助ROM運動に進行する
    ・また拘縮を予防するため肘や手首、手指の運動も行う
    ・自動可動域が回復するにつれ等尺性運動を加える
    ✔回復を早めるために他動ROMをできるかぎり行う(コッドマン体操)³⁾
    ✔痛みが悪化しない程度に肩、肩甲骨周辺筋肉の等尺性運動、CKC運動も始める³⁾⁴⁾
  • アイスパック・電気療法
    ・アイスパックは肌に直接ではなく濡れたタオルの上から行う
    冷却療法や電気療法は疼痛をコントロールするために使っても良い³⁾⁴⁾

亜急性期

  • 運動療法
    ・自動運動、負荷を加えて筋力トレーニングを始める
    ・エクササイズバンドを使った回旋筋腱板トレーニング
    ・肩甲骨の安定性向上:肩甲骨プッシュアップなど
    ・肩関節の固有感覚を向上するトレーニングも行う
    ✔ROM運動の進行、筋力トレーニングも等張性運動、回旋筋腱板、肩内旋筋を含めた肩甲骨周辺の筋力トレーニング、CKC運動の難易度も徐々に上げていく³⁾⁴⁾
  • 徒手療法
    ・患部周辺の筋肉に異常な筋スパズムが確認できる場合は検討しても良いが運動療法が優先的に行われるべきである
    ・疼痛管理:上腕二頭筋、肩甲挙筋、大胸筋、広背筋、回旋筋腱板トリガーポイント
    ・肩甲骨可動性向上:肩甲骨モビライゼーション

回復期

  • 運動療法
    ✔上記の運動療法に抵抗を加えるなどして難易度をさらに上げる。協調や筋持久力を高めるトレーニングも加える³⁾⁴⁾

再発予防

  • 肩の安定性を維持することが必要となる
    ✔アスリートの場合、再発予防のため、スポーツ特異的なエクササイズをグプログラムに加える³⁾⁴⁾

参考文献

  1. 【Review】Khiami, F., Gérometta, A., & Loriaut, P. (2015). Management of recent first-time anterior shoulder dislocations. Orthopaedics & Traumatology: Surgery & Research, 101(1), S51–S57.
  2. 【Review】Patrick Kane, Shawn M. Bifano, Christopher C. Dodson & Kevin B. Freedman. Approach to the treatment of primary anterior shoulder dislocation: A review. The Physician and Sportsmedicine, 2015; 43(1): 54–64
  3. 【Review】Kevin E WilkLeonard C Macrina Nonoperative and Postoperative Rehabilitation for Glenohumeral Instability. Clinics in Sports Medicine. 2013 Oct;32(4):865-914.
  4. 【Review】Hayes K, Callanan M, Walton J, Paxinos A, Murrell GAC. Shoulder Instability: Management and Rehabilitation. J Orthop Sport Phys Ther. October 2002.
  5. 【Systematic Review】Hegedus, E. J., Goode, A. P., Cook, C. E., Michener, L., Myer, C. A., Myer, D. M., & Wright, A. A. (2012). Which physical examination tests provide clinicians with the most value when examining the shoulder? Update of a systematic review with meta-analysis of individual tests. British Journal of Sports Medicine, 46(14), 964–978.
  6. 【Case Report】S MeenaP SainiG RustagiG Sharma. Ipsilateral shoulder and elbow dislocation: a case report. Malaysian Orthopaedic Journal.2012 Mar;6(1):43-5.
  7. 【Systematic Review】Cordula BraunCliona J McRobert. Conservative management following closed reduction of traumatic anterior dislocation of the shoulder. Cochrane Database of Systematic Reviews.2019 May 10;5(5):CD004962.
  8. 【Systematic Review】Eoghan T HurleyJordan W FriedMichael J AlaiaEric J StraussLaith M JazrawiBogdan A Matache.Immobilisation in external rotation after first-time traumatic anterior shoulder instability reduces recurrent instability: a meta-analysis. Journal of ISAKOS.2021 Jan;6(1):22-27.
  9. 【Systematic Review】Bingbing ZhangYongsheng SunLong LiangXing YuLiguo ZhuSi ChenYifei WeiGuannan Wen.Immobilization in external rotation versus internal rotation after shoulder dislocation: A meta-analysis of randomized controlled trials. Orthopaedics & Traumatology, surgery & Research. 2020 Jun;106(4):671-680.

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