本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 一般的には肩を動かすときに腱板や滑液包などが肩関節で衝突したり挟まったりすることで起こる痛みの総称とされている
✔肩峰下インピンジメントが最も生じやすい ²⁾
近年では、肩峰下痛症候群(Subacromial pain syndrome, SAPS)とも呼ばれる
✔肩関節インピンジメントは烏口突起下や関節内でも生じる²⁾ - 病態生理:
✔1972年、整形外科医であるNeerによって回旋腱板の腱が肩峰や烏口肩峰靭帯に”衝突”し発症すると提唱された⁴⁾。しかし、最新のコクランレビューで肩峰を削る肩峰形成術、回旋腱修復術、肩峰下滑液包を切除する肩峰下除圧術による効果は、保存療法(運動療法やコルチゾール注射)と比べてほぼ変わらないことが報告されているため、正確な病態は不明である⁶⁾
✔いくつかの説があるが、加齢や重労働による回旋筋腱板の変性により痛みを引き起こす化学物質(サブスタンスPなど)が生産され周辺の肩峰下滑液包、靭帯、関節包が刺激されることにより痛みが引き起こる内的要因説が有力とされている。そして肩の自由神経終末は回旋腱板の腱より周辺の靭帯、肩峰下滑液包の方に多く存在する⁴⁾
✔他の説では腱板機能が低下することで、骨頭の位置が上方に偏位することが起因になるとも考えられている。肩甲骨の安定性低下、Type 3(フック型)肩峰の形態などもリスクとなるかもしれない ⁴⁾
臨床で代表的にみられる症状
・腕を上げる動作時に肩に痛みが発症する
・上肢60〜120°挙上位の間で引っ掛かり、また、痛みが誘発される(ペインフルアーク)
・ニアテスト陽性
・ホーキンステスト陽性
・肩回旋筋腱板の等尺性収縮時痛あり
・肩回旋筋腱板の筋力低下
・肩甲帯の筋肉の伸張性、筋力、運動制限に問題が見られる
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔️発生率が最も多い60歳代の肩痛のうち、85%は腱板損傷、74%はインピンジメント症候群であった²⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている
- 心理社会的な負担が大きい ¹⁾
- 繰り返し肩や手を動かす仕事 ¹⁾
- 上肢の大きな力や、持続的な力発揮が必要な仕事 ¹⁾
- 振動する機械を使う仕事 ¹⁾
- 仕事時の肩の姿勢が悪い ¹⁾
予後の予測
予後の予測は重症度や状況によって異なる
✔文献では以下の予後予測が示されている
- 組織的損傷が大きくないかぎり3-6ヵ月の保存療法が治療の第一選択肢となる²⁾
- 3か月以上の慢性痛、年齢が45-54歳は長引きやすい (Level 1) ¹⁾
- 3か月以上長引く痛みは心理面が関連している (Level 2) ¹⁾
→慢性痛に対しては心理面の考慮が重要である - 肩峰の形態がType 2(カーブ型), Type 3(フック型) は長引きやすい (Level 3) ¹⁾
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・肩前方部への痛み - 発症のきっかけ
・痛みの発症に明らかなきっかけはないことが多い - 悪化要因
・上肢を挙げると痛い
・患側を下にして寝たり腕を上げて寝ると悪化する
・繰り返し動作をすると痛みが悪化する - 緩解要因
・安静 - 既往歴・社会歴
・仕事内容やメンタルストレスの有無を聴取する²⁾ - うつスクリーニング
- この1か月間で、落ち込んだり、鬱になったり、望みがなくなったという感情に悩まされることはよくありますか?
- この1か月間で、自身がしていることに対して関心が減ったり、喜びが減ったことに悩まされることはありますか?
視診・動作分析
現在の症状や機能レベルの把握に役立つ
- 不良姿勢:胸椎後弯
- 上肢挙上
・上肢60-120°挙上位の間で痛みが生じる(ペインフルアーク)
・肩甲骨の動きが左右対称であるかを確認する
触診
- 骨組織:上腕骨頭(不安定性の確認)、遠位鎖骨
- 筋組織:大胸筋、小胸筋、回旋筋鍵板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)
- 軟部組織:後方肩関節包
主な評価項目
- スペシャルテスト:肩峰下インピンジメント
・ホーキンステスト:感度80%、特異度56%⁵⁾
・ニアテスト:感度72%、特異度60%⁵⁾
・ペインフルアーク:感度53%、特異度76%⁵⁾
・棘下筋の抵抗テスト(MMT)¹⁾
→上記を組み合わせることが推奨されている¹⁾ - スペシャルテストの注意点
・文献で報告されている肩のスペシャルテストは70個にも及ぶが、診断能力が証明されているテストは存在しない。これは肩における組織的鑑別が不可能に近いこと、組織の損傷と痛みが比例していないためである⁷⁾
・臨床でのスペシャルテストの位置づけは疼痛誘発テスト、またコミュニケーションツールとして使用することが限界である
※腱板損傷および上腕二頭筋腱障害はインピンジメントのリスクになる
- スペシャルテスト:腱板損傷および上腕二頭筋
・ドロップアームテスト:腱板損傷(感度73%、特異度77%)
・スピードテスト :上腕二頭筋損傷(感度54-63%、特異度60-81%)
・ヤーガソンテスト:上腕二頭筋損傷(感度32-75%、特異度78-81%)
・上腕二頭筋抵抗テスト(MMT)
- 可動性評価
・肩関節ROM:屈曲、伸展、外転、内転、外旋、内旋
※肩甲上腕関節の弛緩性も確認する
・胸椎ROM:屈曲、伸展
・大胸筋、広背筋の伸長テスト
- 筋力評価
・回旋筋腱板:棘上筋(外転)、棘下筋(1st外旋)、小円筋(3rd外旋)、肩甲下筋(内旋)
※外転、外旋の筋力低下がみられることが多い
・肩甲骨MMT:前鋸筋、僧帽筋下部・中部、菱形筋
鑑別診断
- 頚部スクリーニング:頚部に可動域制限や症状がある場合にチェック
- 肩鎖関節スクリーニング:肩鎖関節シアテスト
- 肩関節疾患
・肩関節唇損傷:クランクテスト、ジャークテスト
・肩関節不安定性:サルカスサイン、リロケーションテスト
・凍結肩(肩関節拘縮):可動域が異常に低下している場合に疑う - 関節炎、石灰性腱炎:画像検査にて調べる
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
ガイドラインおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
肩インピンジメントへの介入の基本的な流れは介入初期(疼痛緩和)→除痛後→再発予防である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
介入初期(疼痛緩和)
- 注射
・理学療法の領域ではないため担当の医師と連携する
✔疼痛緩和、可動域の向上を目的に、コルチゾル注射は最初の8週間に注射されることが一般的 (Level 1) ¹⁾ - 運動療法
・介入初期ではストレッチを含む可動域運動において可動域の正常化をまず目指す
・肩甲骨の安定性に関与する筋肉、前鋸筋や僧帽筋下部、上腕骨骨頭の安定性に関与する回旋腱板の筋活動を向上するエクササイズから始め徐々に負荷をあげていく
・肩甲骨の動作障害が見られる場合は肩の固有感覚をあげるためのエクササイズも有用である
・柔軟性向上:大胸筋ストレッチ、広背筋ストレッチ
・肩甲骨安定性向上:前鋸筋トレーニング(肩甲骨プッシュアップなど)
✔痛みが悪化するのを避けるために、痛みが悪化する動作や繰り返した動作などは避ける。回旋筋腱板や肩甲骨周囲の筋へのエクササイズが、一般的なものより有効である (Level 1-2)¹⁾。ガイドラインでは一般的なものよりも有効であるとされているが、近年のシステマティックレビューではどの種類の運動療法が一番有効であるかを証明するにはエビデンスが不足しているため完全な合意に至っていない⁹⁾
✔最新のシステマティックレビューでは以下の原則に従うことが推奨される⁸⁾
・家でも出来るエクササイズ
・最低でも12週間のプログラム
・運動時の痛みがVAS(5/10)未満
・レジスタンストレーニングを含む - 物理療法
✔高エネルギー体外式ショックウェーブは、石灰沈着性腱板炎の治療に有効である (Level 1)¹⁾
※超音波療法や電気療法には効果が見られなかった - 徒手療法
・筋へのトリガーポイント、筋膜リリース、関節モビライゼーションなどを用いることが推奨されるがどの徒手療法を行うかは自身の経験と患者の反応によって判断する。運動療法と併行して行うべきである
・疼痛管理:大胸筋、小胸筋、回旋筋鍵板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)トリガーポイント
・肩関節外旋向上:後方関節包モビライゼーション
✔短期間において痛みの緩和、肩機能の改善に繋がることが報告されているが、単独ではなく必ず運動療法と併用して行われることが推奨されている。文献では筋肉、筋膜へのアプローチ、関節モビライゼーションが用いられていたが、どの方法が科学的に一番効果があるかは不明である ⁸⁾ - アイシング・ホットパック
・アイシングやホットパックは一時的な疼痛緩和を目的に検討する
✔温熱・冷却療法は疼痛緩和に推奨される (Level 2) ¹⁾
✔受傷後48時間以内であればアイシングを疼痛緩和の目的で使用する。アイシングは一回10分を何度か繰り返し、肌への直接的な接触は避け濡れたタオルの上から冷やす(Grade 専門家の意見による合意)¹⁰⁾
✔ホットパックには血流促進、痛みの閾値上昇、筋スパズムの抑制、筋ストレッチへの感度低下効果が期待できるため受傷後48時間以降に使用する(Grade 専門家の意見による合意)¹⁰⁾ - テーピング
・補助療法として検討する。使用する際は肌への影響を考慮し、テーピングにアレルギーがないか確認する
・胸椎後弯へのテーピング
・肩甲骨安定性向上のテーピング
✔3個のランダム化比較試験を含んだシステマティックレビューでは理学療法にテーピング(キネシオテープを含む)を行っても理学療法のみの場合と比べて付加価値は小さいと報告されている¹¹⁾
除痛後
- 運動療法:
・痛みが治まるにつれレジスタンストレーニングを始め、負荷、難易度を向上していき進行する
✔正常関節可動域を目指して継続する。その後は肩関節、肩甲骨周辺の筋力トレーニングで筋力を向上することが推奨される (Level 1-2)¹⁾ - スポーツ復帰まで:
✔筋力回復後は、筋持久力の向上、また、スポーツに特化したトレーニングプログラムを行う¹⁾
再発予防
- 再発予防について詳しく調べた研究がないため評価に基づいてリスクになりえる要因の予防に努める
- 例:喫煙習慣の見直し、運動療法を続けて行うなど
参考文献
- 【Guideline】Ron Diercks et al., Guideline for diagnosis and treatment of subacromial pain syndrome A multidisciplinary review by the Dutch Orthopaedic Association. Acta Orthop. 2014 Jun; 85(3): 314–322.
- 【Review】Christina Garving, Sascha Jakob, Isabel Bauer, Rudolph Nadjar, Ulrich H. Brunner. Impingement Syndrome of the Shoulder. Dtsch Arztebl Int. 2017 Nov; 114(45): 765–776.
- 【Systematic Review】Alson R et al., Specific or general exercise strategy for subacromial impingement syndrome–does it matter? A systematic literature review and meta analysis. BMC Musculoskelet Disord. 2017; 18: 158.
- 【Review】K S Dhillon Subacromial Impingement Syndrome of the Shoulder: A Musculoskeletal Disorder or a Medical Myth? Malaysian Orthopaedic Journal.2019 Nov;13(3):1-7.
- 【Systematic Review】Hegedus, E. J., Goode, A. P., Cook, C. E., Michener, L., Myer, C. A., Myer, D. M., & Wright, A. A. (2012). Which physical examination tests provide clinicians with the most value when examining the shoulder? Update of a systematic review with meta-analysis of individual tests. British Journal of Sports Medicine, 46(14), 964–978.
- 【Guideline】Hopman K, Krahe L, Lukersmith S, McColl A, Vine K. Clinical practice guidelines for the management of rotator cuff syndrome in the workplace. 2013.