本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 股関節の関節唇が損傷した障害
✔主な原因は、臼蓋形成不全、退行変性、股関節の過剰運動、大腿臼蓋インピンジメント(FAI)、股関節脱臼など¹⁾
✔外傷によって損傷することもあり、主な原因は交通事故や股関節脱臼を伴わない、又は伴う転倒である²⁾
✔発見が遅れ、診断されるまでに2年以上かかることも多い ²⁾ - 退行変性によって誰にでも起こりうる
✔死体解剖の研究では、高齢者の93₋96%に股関節唇損傷がみられた¹⁾²⁾ - 病態生理
✔股関節唇は関節の衝撃吸収や、円滑な動きを促す役割がある。もし関節唇がなければ、股関節の接触ストレスは92%も増大する¹⁾²⁾。前方の股関節唇を痛めることが多く、その理由として、前方は他の部位よりも血液供給が少ない、メカニカルストレスがかかりやすい、といった理由が考えらる¹⁾。
✔関節唇損傷のリスクとなるカム型は男性に多く(男性20%、女性5%)、ピンサー型は女性に多い(女性19%、男性15%) - 受傷機転
・急な捻り動作やピボット動作、転倒
・特に、股関節過伸展を伴う強制的な回旋時に痛めやすい
臨床で代表的にみられる症状
・90%以上が、股関節の前方に痛みを訴える
・股関節が「ポキポキ」と鳴る
・股関節の可動域制限
・歩行、ランニング、方向転換、長時間の座位後に痛みが悪化する
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献では以下の有病率が報告されている
- 現時点では正確な有病率は不明
- 女性に多い²⁾
- 海外では61-92%が前方損傷、国内では50-100%が後方損傷¹⁾²⁾
- 臼蓋形成不全を持つ患者170人における有病率:72%
- 股関節痛を持つ患者における有病率:55%¹⁾
- 鼠径部痛を持つアスリートにおける有病率:22%¹⁾
- サッカーやホッケー、ゴルフ、バレエなど股関節外旋を要するスポーツ、またはランニングや短距離走で多い¹⁾²⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が報告されている
- 臼蓋形成不全²⁾
- 大腿臼蓋インピンジメント²⁾
予後の予測
正確な予後は個人の状態、状況によって異なる
✔文献では以下の予後予測が報告されている
- 自然治癒は非常に難しいが、症状の緩和は理学療法でも期待できる¹⁾
- 理学療法の期間の目安は10-12週間 ¹⁾
- アスリートの予後は良好である。復帰に要する期間は、ゴルファーで平均6週間、野球やサッカー選手で平均12週間であった ¹⁾
- 骨病変などがあれば、復帰にかかる期間は延びる¹⁾
- 手術による治療と保存療法の予後は不透明な部分が多い。これは関節唇損傷と患者の症状が必ずしも因果関係にないためである⁷⁾
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・持続する鈍い痛みがあり、活動時には鋭い痛みを生じる
・股関節に引っ掛かり感やつまり感、ロッキング、脱力感を生じる
✔クリッキング感がある(感度100%、特異度85%)⁶⁾
✔股関節唇損傷を持つ患者は以下に痛みを訴える¹⁾
・92%が鼠径部の痛み
・52%が太もも前部の痛み
・59%が股関節外側の痛み
・38%が殿部の痛み - 発症のきっかけ
・徐々に発生する股関節痛
✔74.1%において、明確な受傷機転はない²⁾ - 悪化要因
・跛行や階段昇降時に手すり必要、30分以上の座位困難といった制限がらみれる
・ハイレベルでのスポーツ活動や股関節回旋、過屈曲、過伸展、過外転の動きと関連している - 緩解要因
・安静 - 既往歴
・不安定性を伴う股関節異形成の既往あり
視診・動作分析
- 立位姿勢:骨盤前傾と膝関節の過伸展
※骨盤前傾は股関節屈曲拘縮と関連していて、股関節屈曲拘縮は寛骨臼前面への負担を増加する - 歩行:股関節の外転、接地時の適切な膝関節屈曲の不足、ローディングレスポンス期の時間減少、立脚期中期の時間増加、膝関節の過伸展による股関節の過伸展
- ステップダウンテスト:大殿筋、中殿筋の機能障害を調べる
触診
- 骨組織:股関節(前後の副運動)
- 筋組織:大殿筋、中殿筋、腸腰筋、内転筋
- 軟部組織:後方関節包
主な評価項目
- 可動性評価
・股関節ROM:屈曲・伸展、外転・内転、内旋・外旋
※回旋制限が特に見られやすい¹⁾
・股関節の副運動:前後、特に後方
- 筋力評価
・股関節MMT:大殿筋、中殿筋、外旋六筋、腸腰筋、内転筋
※股関節屈曲時に収縮時痛みられることあり³⁾
・サーマンスコアスタビリティ
鑑別診断
・腰部スクリーニング
・仙腸関節障害
・鼠径部痛
・腸腰筋損傷:腸腰筋の抵抗テストで痛みが誘発される場合に確認する
・内転筋損傷:内転筋の触診で圧痛がある場合に確認する
・神経力学テスト:プローンニーベンド
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
股関節唇損傷に対するリハビリや保存療法のエビデンスは不十分であり、専門家の意見や症例報告にとどまるため最適な介入方法は明らかにされていない。そのため、評価に基づいて介入プランを考える。
✔原則として股関節の前面への負荷減少が介入の主な目的になる。日常動作の指導や歩行練習、股関節アライメントや股関節周りの協調運動性の改善が基本となる²⁾
- 患者教育
・患者には負荷の減少が主な目的となるため、介入初期においては痛みが悪化する動作を避けてもらう事や - 運動療法
・股関節の安定性に関与する外旋・外転筋を中心にトレーニングを行っていく。例:ヒップアブダクションなど
・体幹なども股関節の安定性をコントロールするうえで重要な筋肉となるため体幹との協調性を高める運動も指導する。例:ブリッジ→片足ブリッジ、片脚立位でのバランストレーニング、バードドッグなど
✔股関節に不安定性が見られた患者は股関節外旋筋の筋活動が抑制されていた⁷⁾ - 徒手療法
・評価に基づいて異常な筋スパズムやタイトネスが見られる時はマッサージやトリガーポイント、関節モビライゼーションなどで症状の一時的改善を目指す
✔関節包のタイトネスは関節の正常な動作を制限する特に後方への副運動⁷⁾
・介入例
疼痛管理:大殿筋、中殿筋、腸腰筋トリガーポイント
股関節屈曲改善:側面関節包モビライゼーション
股関節伸展改善:PA関節包モビライゼーション
股関節内旋改善:側面関節包モビライゼーション
参考文献
- 【Review】Megan M. Groh and Joseph Herrera A comprehensive review of hip labral tears. Curr Rev Musculoskelet Med. 2009 Jun; 2(2): 105–117. 2009 Jun;2(2):105-17.
- 2006 Jan;86(1):110-21. Acetabular Labral Tears. Physical Therapy.
- 【Review】Frangiamore, S., Mannava, S., Geeslin, A. G., Chahla, J., Cinque, M. E., & Philippon, M. J. (2017). Comprehensive Clinical Evaluation of Femoroacetabular Impingement: Part 1, Physical Examination. Arthroscopy Techniques, 6(5), e1993–e2001.
- 2015 Jun;49(12):811. Diagnostic Accuracy of Clinical Tests for the Diagnosis of Hip Femoroacetabular Impingement/Labral Tear: A Systematic Review With Meta-Analysis. British Journal of Sports Medicine.
- 【Systematic Review】Orbell, S., & Smith, T. O. (2011). The physiotherapeutic treatment of acetabular labral tears. A systematic review. Advances in Physiotherapy, 13(4), 153–161.
- 【Clnical Trial】Narvani AA, Tsiridis E, Kendall S, Chaudhuri R, Thomas P. A preliminary report on prevalence of acetabular labrum tears in sports patients with groin pain. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2003;11:403-408.