内転筋損傷 Hip Adductor Strain

本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである

基礎情報

 

病態

  • ダッシュや急な方向転換などで内転筋を損傷するスポーツ障害
  • 主な内転筋として、長内転筋、大内転筋、短内転筋がある
    ✔内転筋はOKCでは主動作筋として、CKCでは骨盤-下肢のスタビライザーとして働く¹⁾
    ✔長内転筋が最も痛めやすい²⁾

  • 分類
    ✔重症度によって3段階に分けられる¹⁾²⁾
    ・Grade 1: 痛みはあるが、筋力低下や可動域制限なし
    ・Grade 2: 筋損傷はあるが、筋力や筋機能の完全な消失はない
    ・Grade 3: 完全断裂しており、筋機能も消失している

臨床で評価の際に代表的にみられる症状
・日常生活やスポーツで、内転筋を伸ばしたり、収縮させたりすると痛い
・内転筋に圧痛あり
・他動の股関節外転、自動の股関節内転で痛みあり

 

受傷機転

✔️文献では以下の受傷機転が報告されている

  • 股関節の過度な外転・外旋時に内転筋腱にかかる遠心性負荷は増大する ¹⁾³⁾
  • 反対方向への方向転換で地面を押す時に、内転筋には遠心性と求心性の負荷が加わり内転筋を損傷しやすい(利き足に生じやすい)¹⁾³⁾
  • サッカーにおいて、内転方向へのキック時に、相手との接触などで外転方向への外力が加わった時も怪我を生じやすい⁵⁾

有病率

問診時の鑑別診断に役立つ
✔️文献では以下の有病率が報告されている

  • 内転筋損傷のうち62-90%は長内転筋の損傷である ¹⁾
  • サッカー選手のすべての怪我の9-18%、股関節痛の51%を占める ¹⁾
  • サッカー選手の筋損傷のうち、内転筋肉離れ(23%)はハムストリングス損傷(37%)の次に多い ¹⁾³⁾
  • アイスホッケー選手の怪我の10%、筋損傷の43%を鼠径部痛が占める ²⁾⁸⁾

リスク要因

問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている

  • 内転筋損傷の既往 ¹⁾²⁾³⁾
  • 内転筋の筋力が外転筋に比べて80%未満:リスク17倍 ¹⁾
  • 年齢 ¹⁾
  • 疲労 ¹⁾
  • 股関節外転の可動域制限 ¹⁾²⁾
  • 体幹の筋力や協調性の低下 ¹⁾

予後の予測

  • 予後は個人の症状や重症度によって異なる
    ✔急性障害の場合、スポーツ復帰の目安は4~8週間 ¹⁾
    ✔慢性化した場合、期待通りのレベルのパフォーマンスに戻るまでに数か月を要することあり ¹⁾

 

評価

基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する

問診

  • 現在の症状
    ・大腿内側に痛みを訴える
  • 発症のきっかけ
    ・素早く、内転筋に遠心性の収縮が要求された時に、引っ張られた感覚があった
    ・損傷の原因がはっきりとしている
    ・アイスホッケーのような股関節の強烈な外転を伴うスポーツに参加している
  • 悪化要因
    ・日常生活やスポーツで内転筋を伸ばしたり、収縮させたりすると痛い
  • 緩解要因
    ・安静

視診・動作分析

現在の症状や機能レベルの把握に役立つ

  • 腫れ:中等度~重度損傷の際にみられる 
  • 歩行:疼痛性歩行の有無

触診

損傷部位を特定するために圧痛を調べることは重要である

  • 骨組織:恥骨(圧痛がみられることあり)
  • 筋組織:
    ・内転筋群(圧痛部位を探す)
    ・腸腰筋、腹直筋、腹斜筋(鼠径部痛との鑑別になる)

主な評価項目

  • 可動性評価
    ・股関節ROM:内転、外転
  • 筋力評価
    ・股関節MMT:内転筋、外転筋
    ※内転筋の収縮時痛や、内転/外転の筋力バランスを確認する¹⁾²⁾

鑑別診断

  • 腰椎スクリーニング:神経系の症状がある場合は大腿神経の圧迫が関連しているかもしれない
  • 仙腸関節スクリーニング
  • 股関節スクリーニング
  • 恥骨炎、鼠径部痛症候群など他の股関節疾患:画像診断などで鑑別

 

介入プラン

エビデンスに基づいた介入方法

エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する

内転筋損傷への介入の基本的な流れは急性期亜急性期→スポーツ復帰である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
※痛みが慢性化している際は鼠径部痛も参照

急性期

  • 急性期においてはスポーツ外傷の応急処置を参考に患部の保護を優先する
  • 運動療法
    ・介入初期は痛みが悪化しない程度に行う
    ・過度なストレッチは2次的損傷をもたらす可能性があるため避ける
    ✔25-50%程度の強度での内転筋等尺性トレーニング(最初は膝屈曲位から始める)²⁾
    ✔体幹トレーニング²⁾
    ✔両脚でのバランストレーニング²⁾
  • 浮腫への介入
    ・腫れにはキネシオテープやリンパドレナージュによる介入も検討する
    ✔キネシオテープは肌を持ち上げリンパ液の流れを促す効果があるとされている⁹⁾
    ✔術後における浮腫のシステマティックレビューにおいてキネシオテープの効果を裏付ける幾つものランダム化比較試験が存在するが現時点では確立したエビデンスはないため強く推奨はされていない⁹⁾
    しかし、比較的に安価であることや患者へのリスクも低いため介入選択肢に入れる価値はあると考えられる

    Hörmann et al. (2020)図4より引用
  • その他
    ✔除痛のため、超音波療法、電気療法が行われる²⁾
  • 患者教育
    ・初期の段階では痛みが悪化する動作は避ける
    ・足を組むなど内転筋の伸長が持続するポジションは避ける

亜急性期

  • 亜急性期では痛みが動作中に誘発されないことが前提となる
  • 運動療法
    ✔持久力向上のために水泳やエアロバイクなどの有酸素運動²⁾
    ✔内転筋の筋力トレーニング(相撲スクワット、ランジなど)²⁾
    ✔内転筋ストレッチ²⁾
    ✔両脚でのバランストレーニング²⁾
  • 徒手療法
    ・評価に応じて異常な筋スパズムやタイトネスが見られる場合はマッサージやトリガーポイントなどで疼痛緩和を目指す

スポーツ復帰まで

  • 運動療法
    ✔内転筋の更なる筋力向上(トレーニング強度、負荷、スピードを上げる)²⁾
    ✔両脚・片脚でのバランストレーニング²⁾
    ✔多方向へのランジ²⁾
    ✔スポーツ特異的なトレーニング²⁾

スポーツ復帰の目安:以下の条件を満たしている

  • スポーツ復帰基準
    ✔内転筋の筋力が外転筋の90-100%²⁾
    ✔健側の内転筋の筋力と対称である²⁾
  • 補足:再発も多いため予防のための運動療法は必ず行う

 

参考文献

  1. 【Review】John Kiel, Kimberly Kaiser. Adductor Strain. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPerls Publishing; 2020 Jan. 2020 JUn 24.
  2. 【Review】Stephen J NicholasTimothy F Tyler Adductor Muscle Strains in Sport. Sports Medicine. 2002;32(5):339-44.
  3. 【Review】Marc A SherryTyler S JohnstonBryan C Heiderscheit Rehabilitation of Acute Hamstring Strain Injuries. Clinics in Sports Medicine. 2015 Apr;34(2):263-84.
  4. 【Review】Lorrie MaffeyCarolyn Emery What Are the Risk Factors for Groin Strain Injury in Sport? A Systematic Review of the Literature. Sports Medicine. 2007;37(10):881-94.
  5. 【Clinical Trial】Ekstrand J, Gillquist J. Soccer injuries and their mechanisms: a prospective study. Med Sci Sports Exerc1983; 15:267–70.
  6. 【Clinical Trial】Nielsen AB, Yde J. Epidemiology and traumatology of injuries in soccer. Am J Sports Med1989; 17:803–07.
  7. 【Clinical Trial】Engström B, Forssblad M, Johansson C, Törnkvist H. Does a major knee injury definitely sideline an elite soccer player? Am J Sports Med 1990; 18:101–05. approach. Scand J Med Sci Sports 1998; 8: 332 (abstr).
  8. 【Review】Mosenthal, W., Kim, M., Holzshu, R., Hanypsiak, B., & Athiviraham, A. (2017). Common Ice Hockey Injuries and Treatment. Current Sports Medicine Reports, 16(5), 357–362.
  9. 【Systematic Review】Julie HörmannWerner VachMarcel JakobSaskia Seghers,Franziska Saxer. Kinesiotaping for postoperative oedema – what is the evidence? A systematic review. BMC Sports Rehabilitation. 2020 Mar 2;12:14.

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