ハムストリングス損傷 Hamstrings Strain

本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである

基礎情報

病態

  • 爆発的なスピードで急に走った際などに、筋が過度に伸長され筋繊維が損傷する障害
    ✔再発リスクが高いため(スポーツ復帰後3人に1人が1年以内に再発)ことが特徴 ¹⁾

  • 分類:主なタイプは二つ
    ・筋繊維が損傷するもの(筋腱接合部位で起こることが多い)
    ・ハムストリングスの起始に付着している腱の剥離(頻度は少ない。膝伸展位で股関節屈曲が強制的に行われた場合に確認する)

  • 奥脇によるMRIタイプ分類
    ✔国内で有名な分類方法であり、復帰見込みに用いられる⁷⁾
    ・タイプⅠ:筋繊維部(2週以内)
    ・タイプⅡ:腱膜部 (6~8週以降)
    ・タイプⅢ:坐骨付着部(術後4~6か月以降)

臨床で代表的にみられる症状
・太もも後面や坐骨のあたりに痛みを訴える
・座ると痛みが誘発される(特に近位の筋繊維を損傷したときに多い)
・ハムストリングスの収縮痛痛
・ハムストリングスの伸長時痛

 

発生機序

✔️文献では以下の発生機序が報告されている

  • ランニングやダッシュにおいて、ターミナルスイング期で遠心性収縮を行う時にハムストリングスに最も伸長負荷がかかる。準最高速度から最高速度に達する時に、大腿二頭筋への負荷は67%、半腱様筋・半膜様筋への負荷は37%増大する ¹⁾
  • バレエダンサーにおいて、膝伸展位で股関節を屈曲させる時に受傷しやすい(87%は半膜様筋の受傷)¹⁾
  • 13-16歳の若年アスリートでは過度なストレッチにより、坐骨骨端線の断裂がみられることあり¹⁾

有病率

問診時の鑑別診断に役立つ
✔️文献では以下の有病率が報告されている

  • ダッシュやキック動作のあるサッカーや陸上競技、筋を過度に伸ばすバレエで多い ¹⁾³⁾
  • プロサッカー選手の怪我の16%を占める²⁾
  • 陸上競技の怪我の24%を占める ¹⁾
  • スポーツ復帰後2週間以内に1/3が再損傷する ¹⁾
  • バレエダンサーの怪我の50%を占める⁹⁾
  • サッカー選手においては最大80%が大腿二頭筋への受傷¹³⁾

リスク要因

問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献では以下のリスク要因が示されている

  • 年齢が高い(25歳以上)¹⁾
  • ハムストリングス肉離れの既往 ¹⁾
  • ACL・下腿三頭筋損傷の既往歴 ¹⁷⁾
    ・ACL損傷はリスクを70%上げる
    ・下腿三頭筋損傷はリスクを50%上げる
  • ハムストリングスの筋力低下と左右差 ¹⁾
    ・陸上競技では10%、サッカーでは15%の左右差がリスク
    ・遠心性筋力337N未満でリスク比4.4[95%信頼区間1.1‐17.5](プロサッカー選手におけるデータ)¹⁵⁾
    ・しかし、後のシステマティックレビューでハムストリングスの遠心性筋力はハムストリングス損傷を予測する能力は低いことが分かっている¹⁶⁾
    ・遠心性筋力はVALD Performance社製のNordbordで計測される
  • ハムストリングスと大腿四頭筋の筋バランス ¹⁾²⁾³⁾
    ・現時点で怪我のリスクにつながる明確な数値は明らかになっていないが筋バランスが低い群の方が怪我の傾向が多かったことが報告されている。歩行動作における主動筋と拮抗筋の働き方に遵守してハムストリングスの遠心性筋力と大腿四頭筋の求心性筋力により筋バランスが計測される。
  • 大腿四頭筋の柔軟性低下 ¹⁾²⁾³⁾
  • 筋膜の伸張性低下(10.56㎝未満だとリスク比4.1[95%信頼区間1.9‐8.7]プロサッカー選手におけるデータ)¹⁵⁾
  • 股関節屈曲可動域の低下 ¹⁾
  • ハムストリングスの柔軟性低下 ¹⁾ (質の高いエビデンスは現時点ではない)
    ・文献における柔軟性のテスト方法に一貫性がないこと、そして、有意な結果とそうでない結果が混合していることが理由
  • 骨盤・体幹の協調性低下 ¹⁾
  • 筋疲労²⁾³⁾
    ・サッカーの試合におけるハムストリングス損傷の内47%は試合前半と後半の後盤15分間に起こる傾向があった¹⁴⁾
    ・疲労により遠心性筋力が低下し膝伸展をコントロールすることが出来なくなる

予後の予測

✔️文献では以下の発生機序が報告されている

  • 通常、近位の損傷や大きい損傷の方がスポーツ復帰に時間がかかる¹⁾⁶⁾
  • ダッシュで受傷をした場合、スポーツ復帰期間は平均23日、受傷前のレベルに戻るまでに平均16週間¹⁾
  • 過度のストレッチを伴った受傷の場合、スポーツ復帰期間は平均43日、受傷前のレベルに戻るまでに平均50週間¹⁾
  • 筋損傷のみの場合は保存療法が選択されるが、腱の剥離2.5㎝以上の場合は手術が選択肢に含まれる²⁾
  • 予後予測には、以下の奥脇分類が役立つ
    損傷型 障害部位の状態 競技復帰の目安
    Type Ⅰ 筋内出血 2週以内
    Type Ⅱ 腱膜損傷・筋内腱損傷
    筋腱移行部部分断裂
    6~8週
    Type Ⅲ 筋付着部・筋腱移行部完全断裂 術後4~6か月
  • 奥脇分類タイプⅡにおいて、損傷度分類(1度:わずかな損傷、2度:部分断裂、3度:完全断裂)ごとの復帰時期は、1度:平均2.0週(1~6週)、2度:平均6.4週(3~12週)、3度:平均9.8週(4~16週)であった
  • 陸上競技選手において、自動でのハムストリングス伸張性テストが復帰時期の目安に用いられる¹⁾
    ・健患差10°以内であれば6.9日
    ・健患差10-19°であれば11.7日
    ・健患差20-29°であれば25.4日
    ・健患差30°以上であれば55.0日

 

評価

基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する

問診

  • 現在の症状
    ・股関節の筋筋膜に鈍い疼痛がある
    ・日常生活での伸長時痛や収縮時痛あり
  • 発症のきっかけ
    ・スポーツ中の素早い動作や筋の遠心性収縮時に、引っ張られた感覚があった
    ・「ぶちっ」と何か切れた音が聞こえる場合もある
    ・特にダッシュ、ジャンプ、キックやランジを含むスポーツに多い
  • 悪化要因
    ・座ると痛みが誘発される(特に近位を損傷した場合)
  • 緩解要因
    ・安静
  • 既往歴
    ・過去にハムストリングスを損傷したことがある

視診・動作分析

現在の症状や機能レベルの把握に役立つ

  • あざ:急性期では大腿後面にあざがみられることあり。範囲が大きいと損傷も大きい可能性あり
  • 腹臥位で膝屈曲:できない¹⁾
  • 歩行:患側にきちんと荷重できない疼痛性歩行がみられる¹⁾。受傷1日後でも痛みがある場合、損傷が大きい可能性あり

触診

損傷部位を特定するために圧痛を調べることは重要である

  • 骨組織:坐骨結節(損傷が大きいと筋との隙間が感じられる場合もある)
  • 筋組織:ハムストリングス(半膜様筋 、半腱様筋、大腿二頭筋)
    ※圧痛が誘発される部位を確認する

主な評価項目

  • 筋力評価
    ・膝関節MMT:ハムストリングス、大腿四頭筋
     ※ハムストリングスMMTは腹臥位にて膝屈曲90°、45°、15°の3肢位で確認する

鑑別診断

  • 腰椎スクリーニング:ハムストリングスへの介入で全く変化がない時に確認する
  • 仙腸関節障害
  • 梨状筋症候群
  • 股関節スクリーニング
  • 足関節スクリーニング

 

介入プラン

エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する

ハムストリングス損傷の介入の基本的な流れは急性期→亜急性期→回復期→スポーツ復帰である
✔文献に示されている介入方法を以下にまとめる¹⁾³⁾⁶⁾

急性期(0-4週間)

  • 急性期においてはスポーツ外傷の応急処置を参考に患部の保護を優先する
    ✔重症の場合は松葉杖の使用を検討し、軽症の場合は歩幅を小さくして歩く³⁾
    ✔痛みや腫れを抑えるために冷却療法や加圧包帯を用いても良い³⁾
  • 運動療法
    ✔悪化させないために初期はストレッチを避ける³⁾
    ✔軽い強度でのエアロバイク、軽度から中程度のアジリティトレーニング、仰臥位ブリッジ、サイドブリッジなどの体幹トレーニングを行う¹⁾⁶⁾
  • 浮腫への介入
    ・膝関節の腫れにはキネシオテープやリンパドレナージュによる介入も検討する
    ✔キネシオテープは肌を持ち上げリンパ液の流れを促す効果があるとされている¹²⁾
    ✔術後における浮腫のシステマティックレビューにおいてキネシオテープの効果を裏付ける幾つものランダム化比較試験が存在するが現時点では確立したエビデンスはないため強く推奨はされていない¹²⁾
    しかし、比較的に安価であることや患者へのリスクも低いため介入選択肢に入れる価値はあると考えられる

    Hörmann et al. (2020)図4より引用¹²⁾
  • 徒手療法
    ・受傷直後は炎症反応の消失を優先し、徐々に異常な筋スパズムやタイトネスが見られる場合はマッサージやトリガーポイントにて疼痛緩和を目指す

亜急性期(2-6週間)

  • 運動療法
    ・受傷直後の炎症反応が消失すると共に痛みが悪化しない程度から始める
    ハムストリングスの筋力が低下している場合、膝完全伸展でのストレッチは避ける¹⁾⁶⁾
    高強度のアジリティトレーニング、片脚ウィンドミル運動を行う¹⁾⁶⁾
    ✔過度な筋緊張がある場合は神経モビライゼーションやジョギング、遠心性筋力トレーニングを行う¹⁾⁶⁾
  • 徒手療法
    ✔正常な足関節背屈の回復、瘢痕組織の癒着予防のために徒手療法を用いても良い

回復期(4-8週間以上)

  • 運動療法
    ✔痛みがある場合は高強度の運動やストレッチを控える¹⁾
    ✔方向転換を含むアジリティトレーニング、遠心性筋力トレーニング(例:片脚デッドリフト、ノルディックハムストリングスなど)¹⁾³⁾⁶⁾
  • 徒手療法
    ✔引き続き、完全な可動域の回復、瘢痕組織の癒着予防のために徒手療法を用いても良い¹⁾⁶⁾

スポーツ復帰基準

・患者の意向や大会までの期間、心理的要因なども考察する
✔文献では以下の条件を満たしている事が推奨される¹⁰⁾

  • 損傷部位の圧痛なし
  • ハムストリングス短縮性収縮、伸張性収縮の筋力が健側と同等
  • ハムストリングス短縮性収縮、伸張性収縮の筋持久力が健側と同等
  • ダッシュなどで痛みや違和感がない
  • スポーツ復帰や再発への恐怖を感じていない
  • アスクリングテストで違和感や痛みがない
    ※補足:このテストをスポーツ復帰基準に用いたところ再発率は1.3-3.6%で一番低かったという報告あり⁸⁾

再発予防

ハムストリングス損傷リスク要因に繋がる因子をターゲットに予防プログラムを組む
特に介入により変更可能である遠心性筋力や筋バランス、筋柔軟性などをターゲットにする

  • 運動療法
    ✔メタアナリシスにてノルディックハムストリングストレーニングを取り入れることで、ハムストリグス肉離れのリスクが51%まで下がると報告されている¹¹⁾
    ✔一般的なハムストリングストレーニングの進行:等尺性収縮運動→ハムストリングブリッジ→片脚ハムストリングブリッジ→ハムストリングブリッジをした状態からのスライディング→

参考文献

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