本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 後十字靭帯 (Posterior cruciate ligament: PCL) の損傷
- 交通事故や転倒など外傷によって生じることが多い
- PCLは膝内部にあり、脛骨が後方にずれないように安定させる役割を持つ
✔前十字靭帯とともに膝関節の回旋の安定性にも寄与する ²⁾
✔膝関節靭帯の中で最も強いため、PCL単独損傷は滅多になく、95%は他の靭帯損傷との合併例である ²⁾
臨床で代表的にみられる症状
・荷重時の不安定感、特に方向転換した時に感じる
・膝の後ろの部分にひざまずいた時や走行中の減速時に痛みが生じる
・後方引き出しテストで陽性
・後方サグサインで陽性
受傷機転
- 交通事故にて、膝関節屈曲位で脛骨前面がダッシュボードに当たり受傷することが多い³⁾
- 一般的な場合、膝関節屈曲位、または過伸展位にて転倒時に脛骨前面をぶつけて受傷する³⁾
- スポーツをしている途中に損傷した場合は気づかずそのままプレイ続行できてしまう事も多いが、立位にて膝が過伸展する感覚を訴える ³⁾
分類
✔重症度によって以下のように分類される ³⁾
- Grade 1: 靭帯への損傷は最小限で膝関節に異常な動きは見られない
- Grade 2: 靭帯への損傷は中程度、膝関節の異常な動きがある程度みられる
- Grade 3: 靭帯は断裂しており、膝関節の異常な動きが明らかに確認できる
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
- 最も多い受傷機転は交通事故と陸上競技 ¹⁾
- 交通事故でLCLを損傷する確率は最大で63.8% ¹⁾
- バイクの事故やサッカーでも多い ¹⁾
- PCL損傷症例の95%は同側の他の膝関節靭帯も損傷している ²⁾
リスク要因
✔ほとんどのPCL損傷は交通事故やスポーツ時の衝突によるもののためリスク要因に関するエビデンスは不足している ¹⁾
予後の予測
- 詳しい予後は重症度や状況によって異なる
✔Grade1および2の治療は完全な合意に至っておらず、短期間で保存療法が成功したケースは幾つもあるが、長期においての予後は不良である ²⁾⁴⁾
✔Grade3で手術を受けた場合、リハビリは最低でも術後3-6ヵ月程行うことが一般的である。スポーツをする場合は、その後徐々にスポーツ復帰を目指す ⁴⁾
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・荷重時の不安定感、特に方向転換した時に感じる
・膝後部への痛み
・受傷後すぐ(2-3時間以内)に関節内血腫が起こる
・断裂に気づかず慢性的な障害になることもある。この場合は腫れを繰り返し、坂登りなどで痛みが生じる
・LCL不全断裂を伴う場合:膝崩れや、関節の腫れ、ピボット動作時に痛みが起こる
・膝崩れの症状は他の膝の靭帯や軟部組織に損傷が起こっている可能性が高いので注意する - 発症のきっかけ
・急な減速や加速、方向転換、ジャンプによる着地を伴うスポーツをしていることが多い
・事故の場合はダッシュボードなどが脛骨に当たり、後方にずらすことで起こりやすい - 悪化要因
・体重をかける事が難しい
・膝をつくことが出来ない - 緩解要因
・安静
視診・動作分析
現在の症状や機能レベルの把握に役立つ
- 患部:
・急性期においては創傷や関節部の変形、骨の転位がないか確認する→転位や変形は脱臼や骨折が疑われる
・単独損傷において大腿四頭筋の筋力が十分ある場合は腫れや膝崩れの症状に乏しいことがある。不安感や痛み、腫れが強い場合は他の組織との合併した損傷が疑われる - 歩行分析
・代償動作が見られないか確認
・慢性の場合、歩行時の膝屈曲が低下している可能性がある
・慢性の場合、内反スラストが確認できることがある(歩行立脚期に膝が外側に膨らんで内反し,遊脚期には内反が消失して元に戻る動き)
触診
損傷部位を特定するために圧痛を調べることは重要である。特に膝周辺は様々な要因が痛みの原因となりえるので正確な触診が大切である
PCLは直接触知することが出来ないため他の組織への圧痛を調べて合併しているかを調べる。スペシャルテストにより鑑別を行う
- 骨組織:脛骨大腿関節
- 筋組織:ハムストリングス、大腿四頭筋
主な評価項目
- スペシャルテスト
・後方引き出しテスト:反発が感じられず、脛骨が後方に10㎜以上移動すれば陽性(感度90%、特異度99%)
・後方サグサイン:感度不明、特異度79%
・大腿四頭筋アクティブテスト:感度53-98%、特異度96-100%
- 形態計測
・膝関節の周径
・ストロークテスト:関節浸出液の有無の確認
- 可動性評価
・膝関節ROM
・股関節ROM
・足関節ROM
- 筋力評価
・膝関節MMT:大腿四頭筋
※大腿四頭筋は後十字靭帯の代わりに膝の安定性を高める
・股関節MMT:大殿筋、中殿筋
- ファンクショナルテスト
・片脚立位テスト
・Yバランステスト
・ステップダウンテスト:股関節機能を評価 - ホップテスト:競技復帰基準に用いられる
・シングルホップテスト
・トリプルホップテスト
・6mホップテスト
・クロスオーバーホップテスト
鑑別診断
- 腰椎スクリーニング
- 膝関節疾患
介入プラン
エビデンスに基づいた介入方法
エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プランの流れを紹介する
保存療法における後十字靭帯への介入の基本的な流れは急性期→亜急性期→スポーツ復帰である
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
急性期
- 急性期においてはスポーツ外傷の応急処置を参考に患部の保護を優先する
- 装具療法:
・急性期の場合は装具が用いて患部の固定、安静がされる
✔保存療法の場合は通常2₋4週間装具を用いて膝完全伸展位で固定し脛骨の後方偏位を防ぐ⁹⁾
✔一つの研究では機能的装具を4ヵ月装着し1年後にPCL損傷の兆候である後方サグサインが平均2.3㎜減少し、2年後には3.2㎜減少したという報告がある¹⁰⁾ - 浮腫への介入:
・膝関節の腫れにはキネシオテープやリンパドレナージュによる介入も検討する
✔キネシオテープは肌を持ち上げリンパ液の流れを促す効果があるとされている⁹⁾
✔術後における浮腫のシステマティックレビューにおいてキネシオテープの効果を裏付ける幾つものランダム化比較試験が存在するが現時点では確立したエビデンスはないため強く推奨はされていない⁹⁾
しかし、比較的に安価であることや患者へのリスクも低いため介入選択肢に入れる価値はあると考えられる - 患者教育:
・痛みが悪化する動作は避ける
・後方せん断力がかかる動作。例:膝をつく、膝立ち、ブリッジ、正座、しゃがむ(膝関節の深屈曲) - 運動療法:
・急性期では大腿四頭筋の等尺性運動を腫れや痛みの程度に合わせて出来るだけ行う
・ハムストリングスの筋力トレーニングの開始時期についての推奨は文献に示されていなかったため各担当医師や外科医の指示に基づく。術後では最短でも6週間以降から始まる⁶⁾
✔原則として大腿四頭筋を中心に筋力トレーニングを行っていく。ハムストリングスの単独収縮は脛骨を後方に偏位させるため避ける⁹⁾ - 亜急性期への進行は担当医師の指示に従いながら判断する。目安となりえるのは痛みや腫れの消失、荷重時の痛みの消失、可動域の回復(膝伸展不全なし)など
亜急性期
- 運動療法:
・ハムストリングスの筋力トレーニングの開始時期についての推奨は文献に示されていなかったため担当医師の指示に基づく。術後では最短でも6週間以降から開始される⁶⁾
・ハムストリングスの筋力トレーニングは自動可動域運動(深屈曲位を除く)から始め、屈曲を極力伴わないCKCハムストリングスの筋力トレーニング(ルーマニアンデッドリフトなど)→OKC運動へと進行する
✔原則として大腿四頭筋を中心に筋力トレーニングを行っていく。ハムストリングスの単独収縮は脛骨を後方に偏位させるため避ける⁹⁾
✔CKCエクササイズは膝関節のせん断応力が非常に少なく、大腿四頭筋とハムストリングスの共同収縮により膝関節が安定するため、介入初期に推奨される。回復が進むにつれ大腿四頭筋のOKCエクササイズを開始し、まずは膝屈曲0₋70°で行うことが推奨される。膝伸展位での大腿四頭筋の収縮はPCLにかかる負荷が減少するためである ⁵⁾ - バランストレーニング:
✔後十字靭帯には機械受容器が数多くあり、膝関節の固有感覚に重要な役割を果たしているため、リハビリにバランストレーニングを入れることが推奨される ⁵⁾ - 患者教育:
・痛みが悪化する動作は避ける
・後方せん断力がかかる動作。例:膝をつく、膝立ち、ブリッジ、正座、しゃがむ(膝関節の深屈曲)
スポーツ復帰
- スポーツ復帰の判断は担当の医師の指示に従う
- ハムストリングス、大腿四頭筋の筋力が健側の90%以上やシングルホップテストにおいて健側の90%以上が目安となる
✔文献における術後のスポーツ復帰クライテリアはハムストリングス、大腿四頭筋の筋力が健側の85%以上、シングルホップテストにおいて健側の85₋90%以上とされている⁶⁾
保存療法vs手術療法
- PCLのみの部分損傷の場合、保存療法か手術すべきかは完全な合意に至っていない
✔PCL単独での部分損傷は一般的に保存療法で治療される⁹⁾
✔PCLはACLに比べ血液や滑膜によるカバーが多いため自然治癒することが期待できる。しかし、組織的には自然治癒するが不安定性が残ってしまう事が少なくない。これはPCLが弛緩したポジションで回復してしまうためである⁷⁾⁹⁾
✔ある研究ではPCL損傷患者を40人は平均3.2年後において軽度ー中等度の損傷であった18人は靭帯の連続性が見られ、完全断裂した22人中19人にもMRI画像上での靭帯の連続性が見られた⁸⁾
✔完全断裂に対して保存療法を実施した場合、長期において、膝関節機能の低下、膝蓋大腿関節の変性リスクが増加すると報告されている。保存療法の場合17₋88%が長期で変形性膝関節症が見られた。手術で治療された場合は13.3₋63.6%であった ²⁾⁴⁾⁸⁾
術後のリハビリプロトコル
術後のプロトコルについても一定の見解は得られていないため、各医療機関のプロトコルが優先される。
✔リハビリプロトコルの一般的な内容を以下に示す⁶⁾⁹⁾
・PCLのグラフトはACLグラフトよりも成熟する期間が2倍かかる
・術後3₋6週間は膝完全伸展位にて固定され、この期間以降に他動での屈曲が許される
・術後6週間後においてからハムストリングスの自動での膝屈曲による筋収縮が認められる。この期間は様々であり文献に示されているプロトコルでは最大6ヵ月以降にハムストリングスの筋力トレーニングが始まるものもあった
・装具は2₋4ヵ月は着用すべきである
・基本的に術後6₋9ヵ月以前のスポーツ復帰は禁じらている。接触を伴うスポーツでは最低でも9ヵ月以降のスポーツ復帰となる
手術の適応基準
✔文献に示されている専門家の意見を以下にまとめる⁹⁾
・急性の損傷で脛骨の後方偏位が8₋12㎜の場合はPCL単独での損傷を示唆するため保存療法で治療される。この場合半月板損傷が合併していて縫合術が適用される場合は手術が検討される
・急性の膝関節後方脱臼、脛骨の後方偏位が12㎜以上の場合は手術が選択肢に入る
・慢性のPCL損傷の場合、不安定性が継続している時や8㎜以上の脛骨後方偏位が持続して見られる場合に手術が検討される
参考文献
- 【Guideline】Logerstedt, D. S., Snyder-Mackler, L., Ritter, R. C., Axe, M. J., & Godges, J. J. (2010). Knee Stability and Mo
- 【Guideline】vement Coordination Impairments: Knee Ligament Sprain. The Journal of orthopaedic and sports physical therapy, 40(4), A1-A37. doi:10.2519/jospt.2010.0303
- 【Review】Pache S, Aman ZS, Kennedy M, Nakama GY, Moatshe G, Ziegler C, and LaPrade RF. (2018). Posterior Cruciate Ligament: Current Concepts Review. Arch Bone and Joint Surgery. Jan;6(1):8-18.
- 【Review】Malone AA, Dowd GS, and Saifuddin A. Injuries of the posterior cruciate ligament and posterolateral corner of the knee. Injury. 2006 Jun;37(6):485-501
- 【Review】Lee BK, and Nam SW. Rupture of posterior cruciate ligament: diagnosis and treatment principles. Knee Surg Relat Res. 2011 Sep;23(3):135-41.
- REHABILITATION FOLLOWING ISOLATED POSTERIOR CRUCIATE LIGAMENT RECONSTRUCTION: A LITERATURE REVIEW OF PUBLISHED PROTOCOLS. International Journal of Sports Physical Therapy. 2018 Aug;13(4):737-751.
- Magnetic resonance imaging of posterior cruciate ligament injuries: assessment of healing. American Journal of Knee Surgery. Fall 1999;12(4):209-13.
- 2010 Oct;92(10):1381-4.