本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 繰り返し膝の屈伸動作を行う事によって大腿骨の外側顆付近に痛みが生じる疾患
✔膝関節屈曲30°で、腸脛靭帯による外側顆への圧迫が最も強くなる(インピンジメントゾーン) ¹⁾³⁾ - 発生機序:
✔以前は腸脛靭帯が大腿骨の外側顆にこすれて炎症が起きると信じられていたが、解剖学的にこすれることは不可能とされたため、最近では主に二つのタイプに分かれると考えられている ¹⁾- 嚢胞、滑液包や関節腔を覆う滑膜が繰り返した動作によって刺激され炎症が起こるタイプ
- 外側顆と関節面の間にある腸脛靭帯下の脂肪体といった結合組織が繰り返した動作により圧迫されて生じる¹⁾。脂肪体は血流が多く、炎症を引き起こしやすい²⁾
臨床で代表的にみられる症状
・ランニングや自転車での走行距離が長くなるほど膝の外側に痛みを生じる
・膝屈曲30°の時に最も痛みが強い
・膝屈曲時と伸展時に大腿骨の外側顆に触れると鋭い痛みが生じる
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
- 男女比は女性16-50%、男性50-81% ⁵⁾
- 長距離走、サイクリング、スキー、サッカー、重量挙げといった競技に多い ¹⁾
- ランナーの年間発生率 5-14% ⁵⁾
- サイクリストのオーバーユース障害の15-24% ²⁾⁴⁾
- 運動をしない人にはめったに起こらない
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献で示されているリスク要因は以下である※[]内の数値は95%信頼区間
・34歳以下の男性 オッズ比2.77[1.42–5.40]⁵⁾
・ランニングやサイクリングでの急な運動量の変化 ¹⁾²⁾
・坂道や平坦でない路面でのランニング ¹⁾²⁾
・ランニングフォームのエラー ¹⁾⁶⁾⁷⁾
・接地時の股関節内転⁷⁾
・接地時の膝関節内旋⁶⁾⁷⁾
・体幹の同側側屈⁶⁾
・股関節外転筋の筋力低下 ¹⁾²⁾⁸⁾
・内反膝 ¹⁾
※腸脛靭帯炎を持つランナーのうち、内反膝33-55%、外反膝は8-15%²⁾
・脛骨の内旋 ¹⁾²⁾
・足部の過回内 ¹⁾²⁾
予後の予測
- 正確な予後は重症度や状況によって異なる。腸脛靭帯炎の回復は不安定なため注意しながら長期間で経過を観察することが大切である
✔50-90%は、4-8週間の保存療法で改善する ¹⁾
評価
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
問診
- 現在の症状
・膝関節の外側の痛みがある - 発症のきっかけ
・ランニングやサイクリングの運動量を急に増やした
・1回の急な激しい運動で発症することもある
・競技場で走る際に一方向でしか走らない傾向がある
・最近に自転車の座席の高さを上げたことがある - 悪化要因
・ランニングやサイクリング
・運動量の増加 - 緩解要因
・安静
視診・動作分析
現在の症状や機能レベルの把握に役立つ
- 姿勢
✔中足部の過回内・踵骨外反¹⁾
✔膝関節の内反・外反および反張膝¹⁾ - 歩行分析
・立脚期に大腿骨内転、過度な脛骨外旋、足部回内
・トレンデレンブルグ徴候 - ランニング
✔支持期の体幹の同側側屈、股関節内転の増大、膝関節内旋の増大²⁾⁵⁾⁶⁾ - スクワット
・中足部の回内や、大腿骨の内旋・内転 - 降段動作
・支持側の過剰な大腿骨の内転・内旋、反対側の骨盤の下降
※殿部周囲の筋力低下が疑われる
触診
損傷部位を特定するために圧痛を調べることは重要である。特に膝の外側は様々な組織が痛みの原因となりえるので正確な触診が大切である
- 骨組織:アライメントおよび副運動を評価する
・大腿骨外側上顆、膝蓋骨(左右の動き)、脛骨大腿関節(脛骨の前後の動き) - 筋組織:圧痛および筋スパズム、タイトネスを評価する
・大殿筋、中殿筋、大腿筋膜張筋、外側広筋、大腿二頭筋 - 軟部組織:圧痛、滑走性および肥厚を評価する
・腸脛靭帯
主な評価項目
- スペシャルテスト
・ノーブルテスト:膝屈曲30°で外側顆付近に走っている時に発生する痛みと同じ痛みが出る
・腸脛靭帯圧痛テスト:大腿骨外側上顆およびガーディ結節
※膝窩筋、外側の膝関節面に圧痛がないことも確認する - 可動性評価
・股関節ROM:屈曲、内転、外転
・膝関節ROM:屈曲、伸展
・オーバーテスト:腸脛靭帯の身長性を評価する
・トーマステスト変法:大腿筋膜張筋の身長性を評価する
- 筋力評価
・股関節MMT:大殿筋、中殿筋、大腿筋膜張筋、股関節外旋筋
※中殿筋と大腿筋膜張筋の筋バランスも確認する
✔腸脛靭帯炎のランナーでは中殿筋、大殿筋上部繊維の筋力低下が報告されている¹⁰⁾
・膝関節MMT:ハムストリングス
・足関節MMT:後脛骨筋、腓骨筋、足関節底屈筋
※アーチを支える筋を評価
- ファンクショナルテスト
・ステップダウンテスト:片脚支持での膝内反の有無と、大殿筋・中殿筋の機能を評価
鑑別診断
- 腰椎スクリーニング
- 股関節スクリーニング
・降段動作にて支持側の過剰な大腿骨の内転・内旋、反対側の骨盤の下降が見られる時は股関節も評価する - 足関節スクリーニング
- 膝蓋大腿関節障害
・クラークテスト - 外側側副靭帯損傷
・内反ストレステスト - 外側半月板損傷
・テサリーテスト、マクマリーテスト
患者に思ったような回復が見られない時や主な評価で思った通りの結果が出なかった時に評価するポイント
・関節内組織に見逃しがないか確認する(例:関節内遊離体)
・非常に珍しいケースだが、膝窩筋腱炎は非常に似た症状を発生する
・大転子疼痛症候群と合併して起こることも多いため、隣接部位や体を全体的にみる評価が必要
介入プラン
エビデンスおよび著者の臨床経験をもとに、PHYSIO⁻ONE独自に作成した介入プラン例を紹介する
腸脛靭帯炎の基本的な介入の流れは:疼痛緩和→再発予防となる
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
疼痛緩和
- 安静
・痛みが酷い場合は腸脛靭帯にかかる負担を減らすことが最優先課題となる
✔介入初期は安静、または、運動する機会を減らす⁴⁾ - ストレッチ
・腸脛靭帯へのストレッチやローラーを使った筋膜リリースは過度な緊張を取り除き一時的な疼痛緩和の効果が期待される
✔腸脛靭帯のストレッチは個人によって効果が異なるため評価に基づいて判断する⁴⁾ - 徒手療法
・詳しく調べた研究がないため評価に基づいて異常な筋スパズムが確認できる場合はマッサージやトリガーポイントによって緩和を目指す。一時的な疼痛の緩和が期待される
・腸脛靭帯と繋がりがある大殿筋、中殿筋、大腿筋膜張筋、外側広筋、大腿二頭筋をターゲットにする
✔Deep transverse friction massageを取り入れた群と通常の理学療法を行った群では、改善効果に有意差は見られなかった ⁴⁾ - 筋力トレーニング
・評価で筋力の低下が見られる場合や降段動作で支持側の過剰な大腿骨の内転・内旋、反対側の骨盤の下降が見られる時は、殿筋群の筋力トレーニングを検討する。例:クラムシェルやエクササイズバンドを膝に巻いて行うスクワットなど
・一般的な殿筋群トレーニングの進行:クラムシェル/レッグアブダクション→ドンキーキック→ブリッジ→シングルレッグブリッジ→
✔殿筋群の筋力トレーニングが一般的に推奨されているが、詳しい効果を調べた報告がないため評価に基づいて判断する。さらに、筋力トレーニングが実際にランニングフォームを修正できるのかは不明である²⁾⁴⁾ - ランニングフォーム指導
・歩幅を縮めるためにピッチ数(Step rate)を増やすためのトレーニングを行う。スマホでメトロノームのアプリを利用して実施できる
✔強いエビデンスではないが、歩幅の5%短縮、軽い着地の意識、および筋力トレーニングを並行して行った結果、痛み無しでの走行距離が約5キロから4か月後には約20キロまで増えたという報告もある⁴⁾
✔ある症例報告では、ピッチ数を現在の5%増やすことで着地時の衝撃を軽減できると報告されている。この症例ではメトロノームを利用して1分間に168歩から176歩へと増加した結果、6週間後に痛み無しで約11㎞走ることが可能となった¹²⁾ - 冷却療法・足底板
・運動後など一時的な疼痛緩和の効果が期待されるため検討する
✔毎日30分を2回に加えて、練習量の減少、足の長さを対称にするための足底版、靴指導を8週間続けたところ、44%のランナーが100%回復し、22%が75%、34%が50%以下回復したという報告があるため、他の介入方法とあわせて導入することが推奨される⁹⁾ - 患者教育
・痛みが悪化する無理な運動は避ける
・競技場で走る際は一方向のみで走らない
・シューズを定期的に変える
✔ランニングでは、速めのペースで平らな走路を走ることが推奨される(膝関節屈曲30°になる時間が短縮されるなるため)¹⁾
✔サイクリングでは、座席の高さを適切な高さにする。文献によると座席の理想的な高さはペダルが一番下にあるときに膝屈曲位が30度になる座席の高さだが、腸脛靭帯の負担を軽減するため膝の屈曲位が30°以上になるように座席の高さを低めにすることが推奨されている ¹⁰⁾
再発予防
- 再発予防について詳しく述べた文献は現時点では見当たらないが、理論的に腸脛靭帯への負担を軽減することが基本となる
- 自転車の座席の高さなどを調節する
- 最適なStep rateを維持することもコンディショニングとして行う
臨床例
参考文献
- 【Review】Andrew Hadeed, David C. Tapscott.Iliotibial Band Friction Syndrome. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2020 Jan.
- 【Review】Baker RL, Souza RB, Fredericson M. (2011). Ilitotibial band syndrome: soft tissue and biomechanical factors in evaluation and treatment
- 【Clinical Trial】Fairclough, J., Hayashi, K., Toumi, H., Lyons, K., Bydder, G., Phillips, N., Best, T. M., et al. (2006). The functional anatomy of the iliotibial band during flexion and extension of the knee: implications for understanding iliotibial band syndrome. Journal of Anatomy, 208(3), 309-316.
- 【Systematic Review】Ellis, R., Hing, W., & Reid, D. (2007). Iliotibial band friction syndrome—A systematic review. Manual Therapy, 12(3), 200–208.
- 【Systematic Review】van der Worp MP, van der Horst N, de Wijer A, Backx FJ, Nijhuis-van der Sanden MW.(2012). Iliotibial band syndrome in runners: a systematic review. Sports Med. 2012 Nov 1;42(11):969-92.
- 【Systematic Review】Aderem, J., & Louw, Q. A. (2015). Biomechanical risk factors associated with iliotibial band syndrome in runners: a systematic review. BMC Musculoskeletal Disorders, 16(1).
- 【Clinical Trial】Noehren, B., Davis, I., & Hamill, J. (2007). ASB Clinical Biomechanics Award Winner 2006. Clinical Biomechanics, 22(9), 951–956.
- 【Systematic Review】Mucha, M. D., Caldwell, W., Schlueter, E. L., Walters, C., & Hassen, A. (2017). Hip abductor strength and lower extremity running related injury in distance runners: A systematic review. Journal of Science and Medicine in Sport, 20(4), 349–355
- 2016 Feb;27(1):53-77. Iliotibial Band Syndrome in Runners: Biomechanical Implications and Exercise Interventions. Physical Medicine and rehabilitation clinics of North America.
- Cycling injuries of the lower extremity. Journal of American Academy of Orthopaedic Surgeons. 2007 Dec;15(12):748-56.
- 【Case Report】Darrell J Allen.Treatment of distal iliotibial band syndrome in a long distance runner with gait re-training emphasizing step rate manipulation. International Journal of Sports Physical Therapy. 2014 Apr;9(2):222-31.