本稿はPHYSIO⁻ONE独自に厳選した論文・エビデンス、さらに著者の臨床経験・卒後教育プログラムに基づき、疾患の基礎情報、理学療法評価と介入方法についてまとめたものである
目次
基礎情報
病態
- 繰り返すストレスによりアキレス腱に炎症・変性を生じた障害
✔腱中部と筋腱移行部の2つに大別されるが、腱中部の障害が最も多い ¹⁾ - 病態生理
✔文献で示されている病態生理は以下である
・遠心性ストレスの荷重や剪断などのメカニカルストレスによって、アキレス腱に負担が蓄積し、炎症や変性が生じる ¹⁾
・変性には、腱の肥厚や血管新生、コラーゲン繊維の細線化や崩壊、非コラーゲンで繊維軟骨組織の増加、脂肪沈着、液体の動きの変化、アポトーシスに伴う窒素の過剰な生成などがみられる ¹⁾
・炎症と変性が同時に生じることで、アキレス腱の剛性、そして力の伝達機能が失われる ¹⁾
臨床で代表的にみられる症状
・アキレス腱の踵骨付着部2−6cm近位に痛みがある
・活動量によって痛みが変化する
・アキレス腱への局部的な痛みや腫れ
有病率
問診時の鑑別診断に役立つ
✔文献で示されているリスク要因は以下である
・ランナーにおける有病率6.2-9.5%¹⁾²⁾
・エリートサッカー選手における有病率2.1-5.1%¹⁾
・40-59歳に多い¹⁾
・男女差はなし¹⁾
リスク要因
問診時の鑑別診断や評価時、介入プラン時には以下のリスク要因を考慮する
✔文献で示されているリスク要因は以下である
・下肢の腱障害や骨折などの既往歴⁴⁾
・足関節底屈筋力の低下⁴⁾
・歩行時に前方への推進力が小さい⁴⁾
・肥満 ¹⁾
・アキレス腱の変性:肥厚など¹⁾
・糖尿病 ¹⁾
予後の予測
予後は、重症度や患者個人の状況(合併症の有無や心理状態、競技歴など)によって異なる
- 早期発見できれば予後は良好である
✔エリートサッカー選手の場合、練習復帰までに平均日数は23日。そのうち再発率は27%¹⁾
✔ランナーの場合、練習復帰までの平均日数は82日間(21-479日)¹⁾
評価
問診
基礎情報をもとに鑑別診断や評価・介入プラン作成に必要な情報を聴取する
- 現在の症状
・アキレス腱付着部から2-6cmのところに痛みがある
・長時間座ったり睡眠など、じっとした後に痛みや張りを感じる
・運動後に痛みや張りが増加することもある
・腫れの有無 - 発症のきっかけ
・痛みは徐々に発生した
・最近にトレーニング量や活動量の急激な変化があった
・数週間前、数ヶ月前から朝にアキレス腱・下腿三頭筋の硬さやスポーツにおけるパフォーマンス低下があった - 悪化要因
・スポーツ活動
・ハイヒールや踵に当たる部分が硬い靴 - 緩解要因
・安静
・活動量を現在よりも低くすること
視診・動作分析
- 立位
・ハイアーチまたは偏平足
・踵骨の回内・回外
※踵骨の回内・回外によって、アキレス腱へのストレスが片側にかかっている可能性がある。アキレス腱の片側だけに肥厚や腫れが見られるかを確認する
・靴のフィット感
※かかとの部分で擦れていたりすると痛みに繋がりやすい。靴のかかと部分に位置するアキレス腱の部分が赤くなっているかどうかを確認する - 歩行分析
・トーオフ時に床を押す動作が見られない
触診
- 骨組織:圧痛、アライメント、副運動を評価する
・距骨(前後)、踵骨(回内外)
※よく見られるアライメント異常:踵骨回内または回外、偏平足 - 筋組織:筋スパズムと圧痛を評価する
・腓腹筋、ヒラメ筋 - 軟部組織:圧痛、滑走性を評価する
・アキレス腱(圧痛部位の確認)
・足底筋膜
※個人差はあるがアキレス腱と足底筋膜は腱傍結合組織によって繋がっている - 神経組織:滑走性を評価する
・腓腹神経
主な評価項目
- スペシャルテスト:腱中部のアキレス腱炎
✔アキレス腱の圧痛テスト:感度64%、特異度81% ⁵⁾ - アーチの高さ
・舟状骨ドロップテスト
- 可動性評価
・足関節ROM:背屈 (膝屈曲位・伸展位)、底屈
※足関節背屈制限がよく見られる
・距骨下関節:回内・回外
・ショパール関節・リスフラン関節:回内・回外
・足趾ROM:背屈 ・底屈
※足趾の背屈制限があると、足底筋膜にかかる負担が増加する
- 筋力評価
・足関節底屈筋:腓腹筋、ヒラメ筋、後脛骨筋 - 筋の伸張性テスト
・下腿三頭筋
※伸張性が低下していることがよくみられる
鑑別診断
- 腰椎スクリーニング
- 股関節スクリーニング
- 膝関節スクリーニング
- 足底筋膜炎
・圧痛の場所が足底筋膜の付着部位 - アキレス腱断裂または部分断裂:
・受傷機転によって判断:はっきりとしたきっかけがある場合は断裂の可能性が高い
・外傷歴の有無 - 後踵骨の滑液包炎:
・踵骨滑液包への局所的圧痛、腫れ、熱感 - 腓腹神経炎:
・SLRテストにて足関節を背屈・内反させた時の症状の誘発
介入プラン
基本的な介入の流れ
基本的な介入の流れは症状の緩和→アキレス腱への段階的な負荷の進行→再発予防となる
本疾患ページではこの流れにそって解説していく
症状の緩和
- 患者の主訴が痛みである場合は安静、徒手療法やテーピングにて症状の緩和、アキレス腱への負荷減少が優先課題となる
- 運動療法
・症状が悪化していなければこの時点でも負荷の低い運動療法は積極的に行っていく。例:座位にて両足ヒールレイズ
・アキレス腱への負荷を減らしながら体力を維持するために水泳なども検討される
✔腱中部のアキレス腱障害の場合は腱への強度を向上するために運動療法は強く推奨される。エクササイズは遠心性、又は重負荷でスロートレーニングを行う(Grade A)¹⁾
✔最低でも週に2回は痛みを悪化させない程度にエクササイズをするべきである(Grade F)¹⁾ - 安静
・特に活動量や負荷によって症状が変化する場合はアキレス腱が現負荷に耐えきれていないため適切な活動量とトレーニング負荷の調整が必要である
✔非急性期の場合、完全休養にはせず、疼痛が耐えられる範囲でのエクササイズは継続した方が良い (Grade B) ¹⁾ - ストレッチ
・評価において可動域の制限がある場合は足底筋膜・下腿三頭筋ストレッチにより可動域の改善と疼痛緩和効果が期待できる
✔足関節背屈制限がある患者に対して、膝屈曲位で足底筋膜のストレッチをすることで痛みが軽減し、足関節背屈が向上することが期待できる (Grade C) ¹⁾ - テーピング
・テーピングも疼痛緩和の効果を期待できるが、肌が敏感な人には合わない場合が多いため注意する。過去にテーピングをした時の反応や絆創膏を貼った時に肌が赤くなったり荒れたりしたか確認する
✔テーピングはアキレス腱に対する負荷の減少が期待できる (Grade D)¹⁾ - 足底板
・足底板は個人差があるため基本的には推奨されないが、足底板により踵骨のアライメントが改善される場合はアキレス腱へのストレス低下につながる可能性があるため介入初期において検討する
✔相反するエビデンスがあるため、使用は推奨されない。ヒールリフトも同様である (Grade D) ¹⁾ - 物理療法
・高いエビデンスレベルによって推奨はされていないため運動療法と共に行っていく
✔レーザー療法は相反するエビデンスがあるため推奨されない(Grade D)¹⁾
✔イオントフォレシスは痛み軽減に有効である(Grade B)¹⁾ - 徒手療法
・触診時に圧痛、または異常な筋スパズムが確認できる場合はトリガーポイントや、関節モビライゼーションにより可動域の改善と疼痛緩和効果が期待できる
✔可動域向上のための徒手療法や軟部組織モビライゼーションの使用は考えた方が良い(Grade F)¹⁾ - 患者教育
・この期間は患者教育も大切になる。急激な活動量やトレーニング量の変化が症状と関連している場合はトレーニング量の調整、痛みが悪化しない程度での運動療法の実施の意義、アキレス腱の回復過程を患者自身が自己理解することが最優先課題となる
アキレス腱への段階的な負荷の進行
- 本疾患ページにおいてアキレス腱への段階的な負荷の進行は安静時の痛みが消失した時点とする
- 運動療法
・エクササイズで段階的に腱への負荷を進行していく。基本的な負荷の進行:座位にてヒールレイズ→手すりや壁を使う両足ヒールレイズ→立位カーフレイズ→シングルレッグカーフレイズ→ダンベルカーフレイズ→床の高さでの遠心性カーフレイズ→階段での遠心性カーフレイズ→重りを使用した階段での遠心性カーフレイズとなる
・エクササイズの基本的な強度の決め方はエクササイズ後に痛みが増加しないこととする。エクササイズ中の痛みはVAS2-3/10を目安とする
・負荷の進行と共にエクササイズ中の可動域、速さ、重さを調整しながら腱の強度向上を目指す
✔セット数や回数は患者個人によって変わるが、文献で使われている回数は3セット10-20回を毎日2-3セットが一般的である⁷⁾
✔腱が脆弱になっていない腱中部のアキレス腱炎に対しては、高負荷、低速度での遠心性エクササイズが推奨される。これを12週間実施することで疼痛軽減、機能向上することが報告されている⁶⁾
✔生化学的に変性したアキレス腱の再構築には新たなコラーゲン合成が必要となる。繰り返し適切な負荷をかけることはコラーゲンの合成を促すためアキレス腱が負荷に耐えられる強度を作ることが期待できる ⁸⁾
✔文献で研究されている高負荷、低速度での遠心性エクササイズの順序:両足でつま先立ち→患側で片足立ち→12秒程かけながらゆっくり踵をおろしていく⁷⁾ - 神経筋機能の再教育
・アキレス腱自体の強度をひきあげる事も大事だが、評価に基づいて足の内在筋や下肢の神経筋トレーニングなども並行して行う
・遠心性エクササイズでの痛みが減少していくと共に機能的なトレーニングやランニング、ジャンプドリル、プライオメトリクストレーニングなども導入していく。活動時に痛みのレベルが2/10以下の場合は徐々に負荷・活動量をあげていく
✔荷重時の下肢の運動学的エラーに対しては神経筋エクササイズを行った方がいい (Grade F) ¹⁾ - アキレス腱へのエクササイズ例:Silbernagel et al. (2020). 図6より引用 ⁷⁾
再発予防
- 再発予防のためアキレス腱への負荷の調整、そしてトレーニング量はスポーツ復帰後も継続的に観察・評価していく必要がある
- アキレス腱炎になる前兆として朝にアキレス腱・下腿三頭筋が硬く感じたり、活動後に痛みを感じることやパフォーマンスの低下が見られる事がある。そのような徴候を見逃さないよう患者や指導者に適切な患者教育を行う
- アキレス腱の組織的変性は症状が無くても起こるため、定期的にパフォーマンス評価をし早期発見する努力をする。早期発見が早期回復につながる
参考文献
- 【Guideline】Martin, R. L., Chimenti, R., Cuddeford, T., Houck, J., Matheson, J. W., McDonough, C. M., … Carcia, C. R. (2018). Achilles Pain, Stiffness, and Muscle Power Deficits: Midportion Achilles Tendinopathy Revision 2018. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 48(5), A1–A38.
- 【Systematic Review】Lopes, A. D., Hespanhol, L. C., Yeung, S. S., & Costa, L. O. P. (2012). What are the Main Running-Related Musculoskeletal Injuries? Sports Medicine, 42(10), 891–905
- 【Systematic Review】Ogbonmwan, I., Kumar, B. D., & Paton, B. (2018). New lower-limb gait biomechanical characteristics in individuals with Achilles tendinopathy: A systematic review update. Gait & Posture, 62, 146–156.
- 【Systematic Review】Arco C van der Vlist , Stephan J Breda, Edwin H G Oei , Jan A N Verhaar , Robert-Jan de Vos. Clinical risk factors for Achilles tendinopathy: a systematic review. Br J Sports Med 2019 Nov;53(21):1352-1361.
- 【Systematic Review】Reiman, Michael; Burgi, Ciara; Strube, Eileen; Prue, Kevin; Ray, Keaton; Elliott, Amanda; Goode, Adam (2014). The Utility of Clinical Measures for the Diagnosis of Achilles Tendon Injuries: A Systematic Review With Meta-Analysis. Journal of Athletic Training, 49(6), 820–829.
- 【Clinical Trial】Beyer R, Kongsgaard M, Hougs Kjaer B, Øhlenschlæger T, Kjaer M, Mag- nusson SP. Heavy slow resistance versus eccentric training as treatment for Achilles tendinopathy: a randomized controlled trial. Am J Sports Med. 2015;43:1704-1711.